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記事・資料 2005年1月〜12月

新聞や雑誌などへの寄稿を掲載しています。

「きけりつぬたり」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」2002(平成14)年11月22日)
「アカデミーに期待すること」(市町村職員中央研修所「アカデミー通信 12号」 2002(平成14)年11月1日)
「生涯学習は地域づくり活動の標準装備」(ぎょうせい月刊「マナビィ」18号 2002(平成14)年12月号)
「落葉」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年10月25日)
「実りの秋に思う 都市と農村 多様な価値と役割」(読売新聞「主張提言」 2002(平成14)年9月30日)
「…と致しましては」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年9月27日)
「北海道の高速道路〜採算性重視は将来に不安〜」(旬刊「高速道路」 2002(平成14)年9月15日第1242号)
「地方問題をめぐる議論にかける「現場」からの視点」(「週刊東洋経済」 2002(平成14)年9月21日第5781号)
「町じゅうの犬」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年8月30日)
「北海道の高速道路〜冬季峠越えの怖さ知った〜」(旬刊「高速道路」 2002(平成14)年8月10日第1239号)
「構造改革議論で気になる収支採算性一辺倒の議論」(「週間東洋経済」 2002(平成14)年8月24日第5777号)
「学ぶ」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年8月2日)
「規模ありきの市町村合併に疑問 まず自治の本質を語り合おう」(「週刊東洋経済」 2002(平成14)年7月20日第5772号)
「話す」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年7月5日)
「鍵は「思う」こと、想像力だ」(実務教育出版「受験ジャーナル8号」 2002(平成14)年8月)
「自治の現場から司法に思うこと」(日本弁護士連合会「自由と正義」 2002(平成14)年6月号)
「靴の思い出」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年6月7日)
「生き生きとした自治を生み出すIT活用とは」(日本能率協会マネジメントセンター「e-Goverment 電子政府・自治体ガイド200」 2002(平成14)年4月)
「桜吹雪」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年5月10日)
「青春」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年4月12日)
「北海道から、在京OBの皆様への手紙」(北海道大学東京同窓会会報「FRONTIER」 第20号 2002(平成14)年4月1日)
「住民参加の地域戦略」(財団法人えびめ地域政策研究 調査研究情報誌「ECPR」Winter2002 No.5 2002(平成14)年2月)
「農村サミットに参加して」(農林統計協会「全国農村サミット2001」日大生物資源科学部編 2002(平成14)年2月)
「文体の力」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年3月15日)
「どんなものだったのか」(平成13年有島記念館紀要「高山亮二追悼特集」 2002(平成14)年3月)
「自治基本条例に取り組む 〜導入部を中心として」(公職研「地方自治職員研修」 2002(平成14)年3月号)
「忘れられぬ甲板うどん」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年2月15日)
「国土計画に対する思い」(国土計画協会「人と国土21」 2002(平成14)年1月号)
「書くということ」(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年1月8日)


「きけりつぬたり」
(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」2002(平成14)年11月22日)

仕事柄、多くの方にお会いしますが、一度で、相手の顔と名前を記憶できることはまずありません。たった一度紹介されただけで、次はキチンと名前を言えたという政治家がいたそうですが、私にそんな芸当は無理です。

昔から、いわゆる「暗記もの」が嫌いでした。何だかんだと屁理屈をつけて、暗記を先送りし、結局、覚えられません。反面、今の生活にあまり必要がないことは忘れません。

 30年以上も前のこと、寒風の吹く札幌駅一番ホームで列車を待っていました。「雪の中を遠く根室から参りました急行ニセコ三号が間もなく到着します…。」と妙に人間臭いアナウンスが流れます。ほどなく、ヘッドライトからフロントガラス、そして連結器まで雪まみれの、まさにはるばるたどり着いた感じの気動車が、ホームの右手から入線してきます。寒くなると、よく思い出す光景です。

 今の仕事とは全く無縁な古文助動詞の活用「きけりつぬたり…」も、よく口から出てきます。この呪文は試験直前に詰め込んだのですが、ヤマが外れ試験には撃沈されました。大事なことは覚えらず、もう忘れても良いはずのこんなことが脳の奥にあります。

 人生には深い苦しみや悩みもあります。それを一つ一つ覚えていたのでは、その重荷に耐えかねて、人間は押しつぶされてしまうかもしれません。人間は簡単にものを覚えられない、そして忘れる。反面、必要のない余計なことは忘れない、だから生きて行けるのかもしれません。


「アカデミーに期待すること」

(市町村職員中央研修所「アカデミー通信 12号」 2002(平成14)年11月1日)

世の中には、理容師、医師、建築家など色々な職業がある。これらの世界でひとり立ちするためには、たくさんのトレーニングを必要とする。

一方、日本の市町村職員は、採用されると多少の研修を行なう程度で第一線に配属される。その後は、公務員としての十分な能力開発がないままに、見様見真似で仕事を覚えることが多い。

採用試験にパスしているのだから、公務員としての能力は十分だとの見方もある。しかし試験の合格は、公務員になるための必要条件ではあるが、十分条件と言い切ることはできない。

地方分権を背景にして、市町村職員に高い専門性が求められている。しかし専門性の高い他の職業に比較すると、日本の市町村職員が職に就く前の能力開発の仕組みはあまりにも貧弱だ。だから市町村職員は職に就いてからの研修が不可欠なのだ。こうした観点からニセコ町では、個々人の持てる能力を引き出すための職員研修に力を注いでいる。

学ぶことは楽しいことではあるが、反面、継続は簡単ではない。新年度が始まると、新たなこころざしを立てて、通信教育や各種の媒体を利用した自己学習の計画を立てる。しかし、長続きしないのが実態だ。普段の仕事と平行して、日常の中で研鑽を積むことは簡単ではない。

学習効果を高めるためには、集中して取り組むことのできる環境を準備する必要がある。日常の勤務地を離れて研修所に入ることは、非日常の世界に行くことである。この非日常性が研鑽のためには非常に重要だ。いつもと違う環境が、学習に向かう気持ちを鼓舞するのだ。

整った施設と良好な学習環境、市町村アカデミーにはこの非日常性がある。精神を集中させて、思う存分学習をするには最も適したところだ。多くの研修生の奮起を期待したい。

「生涯学習は地域づくり活動の標準装備」
(ぎょうせい月刊「マナビィ」18号 2002(平成14)年12月号)

戦後の中央集権的な国づくりは、日本の基礎的体力を高めるためには大変有効だった。しかし20世紀も終盤になると、全国各地の多様な課題に対応し、特色ある地域づくりを進めるためには、中央集権的な手法が有効ではない場面が多くなり、地方への分権化が叫ばれるようになった。また財政難などの要因もあり、地域の自立が強く求められ、地域のことを地域に住む我々が「責任を持って考え、行動する」、まさに本来の自治、民主主義の時代に突入している。

ところが、日本の社会は戦後一貫して、平時は行政に要求を突きつけ、困ったら行政頼みという「お任せ民主主義」の側面が強かった。そのため急に「自己決定、自己責任」と言われても、その実現は容易なものではない。しかし、20世紀型の経済一辺倒の豊かさに陰りが見え始めた今、あらゆる手立てを講じて、真の自治の実現をしなければ日本の将来に明るい展望はない。

 自己責任をまっとうする自治実現の鍵は「情報」だ。道路や上下水道整備のレベル、福祉サービスの実態、借金や貯金の状況、一年の収入の内訳、まちづくりの専門スタッフである職員の能力など、こうした情報を知ることなしには、町の将来に対して責任ある判断はできない。判断するための根拠となる情報がなければ、我田引水的な要求や苦情が席巻する。そこでニセコ町では、興味のある人、あるいは必要に迫られた人たちから求められて情報を提供するという、狭義の「情報公開」の概念を一歩進め、町民のニーズの有無に係わらず地域の実態像を多くの人が常に知ることができるようにする「情報共有」を重視している。

 その実践の一例として「まちづくり町民講座」というものを開催しているが、これは、役場の課長が町民に対して自分の仕事の説明を行ない、後半は参加した町民とそれについて議論するという単純なものだ。財政、教育、福祉、道路など役場の各課の仕事が講座内容となり、月一回程度開催している。この講座は、町民に町の姿を知ってもらうと同時に、町民の意見も伺う広報広聴の目的を持っている。実は役場の職員は、苦情を言われたり、解決できない問題を抱え込んだりすることを恐れるため、地域住民の皆さんと接するのがあまり得意ではない。地域づくりは、地域に住む皆さん全体の協働作業と言えるが、その専門スタッフである役場職員が、住民と接することに苦手意識を持ってはいけない。そこでこの講座には、職員のコミュニケーション能力(説明資料を作成する、それに基づく説明や自己表現、説得する、討論する、苦情を受ける、無理難題に対処するなど)を高める目的も含まれている。

 ニセコ町では、他にも多種多少な方式を用いて情報の共有を進めている。それによって町民の心に疑問や問題意識が醸成され、自発的な行動の芽が育つことを期待している。しかしこれは、説明し、討論し、理解を深めるという気の長い作業の繰り返しであり、結構、骨の折れることだ。地域全体の理解を深めて次の段階へと進んで行く地域づくり活動は、学習、教育の過程と似た側面を持っている。つまり、地域づくり活動とは、生涯教育的な実践の積み重ねであり、終りのない作業なのだと痛感している。

 こうしたことを考えてみると生涯学習とは、行政の教育部門だけに特化したものではなく、福祉や産業、社会基盤整備など、行政の活動のあらゆる分野に共通する標準装備だ。そこでニセコ町では、役場職員に全体に社会教育的な手法や考え方を身に付けてもらうため、教育部門に特化しないで、保健婦、技師、一般事務職など広い分野の職員を毎年社会教育主事の研修に派遣している。この研修成果の蓄積によって、地域づくりという生涯学習実践が、さらに高いレベルへと進化することを期待している。


「落葉」

(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年10月25日)

私が小学生の頃のスキー授業は、函館本線が見渡せる学校の裏山で行なわれました。雪のない時期に、ここへ足を運ぶと、冬とは違う草ぼうぼうの光景に心が高ぶったものです。秋も深まった小春日和のある午後、友人数名とその斜面で尻滑りをしたことがあります。青草と枯れ草がクッションになるのですが、結構なスリルでした。それに飽きると、重力に身を任せて、ゴロゴロと斜面を転がって遊んだものです。転がり落ちるたびに、底の深い秋の青空に枯葉が舞い、枯れ草の香りとともにそのシーンが心に焼き付いています。

「秋の日のヴィオロンの…」で始まる、ヴェルレーヌの「枯葉」という詩が好きです。明治時代の上田敏の訳が有名ですが、これを原文で読むためフランス語の学習をしたことがあります。残念なことにフランス語は全くものになりませんでしたが、この作品の枯葉のイメージは強烈です。ヒッチコックの「ハリーの災難」という映画があります。ハリーという名の死体が、多くの人の喜劇的な勘違いによって、紅葉の森の中で何度も掘り返されます。この枯野も妙に印象的です。

 今年のニセコの紅葉は、最初は鮮明な色づきとなって、山全体が燃えるような彩りになると予感していました。しかし十月上旬の台風二十一号の強風で葉がほとんど散り、たくさんの枯葉が積もるのみです。

秋も深まり、枯葉にまつわるこんな思い出を取りとめもなく考えています。今、ニセコは厳しい冬の入り口に立っています。

「実りの秋に思う 都市と農村 多様な価値と役割」
(読売新聞「主張提言」 2002(平成14)年9月30日)

 北海道・ニセコ町は今年、雨が多く、青空の少ない残念な夏だった。九月に入り、やっと爽やかな秋空が広がった。今は、馬鈴薯などニセコの大地の恵みの収穫が真っ盛りである。この時期、ニセコ連峰の裾野にある小高い丘から眺める夕焼け、日の出前の羊蹄山の姿は絶品だ。

そんなニセコ町だが、我々のような小規模町村には今、合併や地方交付税の減額など、経済合理性に基づく画一的な物差しが当てられ翻弄されている。

 大都市の住民の多くから、小規模町村は非効率で金食い虫だ、との批判を聞く。自分で財源を確保し、身の丈に合った暮らしをすべきだと言われる。都市と農村の交流の重要性を唱える人々もいるが、その多くは、農村を都市住民の憩いの場としてとらえるだけである。「地方は都市の慰みものに過ぎないのか」と反発したくもなる。都市と農山漁村などの対立が深まっていることを強く憂えている。

 私は、21世紀とは、「微量成分の複雑な相互作用」に脅かされる時代だと感じることが多い。コンピュータウィルスの蔓延、揺らぐ食の安全、悪化する環境、心の病いの広がりなどは、その兆しだろう。発生した現象とその原因の関係を簡単に解きほぐせない時代である。経済発展の末に巨大化した二十世紀型都市は様々な機能の集積で利点も多いが、解きほぐせない問題を多数抱え込んでいる。

 農山漁村は、集積度が低く、経済活動の尺度でみれば、価値が低いのかもしれない。だが、この地域には、起こった結果とその原因の関係を解きほぐす手がかりがある。例えば、この地域で消費者の健康を考えた農業をしっかりやれば、食の安全は必ず確保できる。安らぎを感じとれる地域づくりをしていけば、人々の心が病むはずもない。

 都市や農山漁村にはそれぞれ、その土地なりの価値や役割があるはずだ。どちらが優れているなどというものではない。むしろ、都市と地方の問題は、別々のものでなく表裏一体だと思う。地方の問題を考えることは、多様な地域を包み込む日本の国のあり方を考えることだ。

多様な価値と役割を持った地域を前に、経済合理性という一つの物差しを当てたり自己責任論を唱えたりするだけでは、公共の福祉は実現できない。経済価値だけにこだわらず、虚心坦懐に、深謀遠慮を重ね、周到な実践に裏打ちされた智慧が、国全体で必要なのだと思う。

 これまでの地方は、その智慧を生み出す努力を怠っていた。画一的な市町村合併に反旗を翻すだけではなく、住民の目線で生き生きとした自治実現の提案を地方からも行なう必要がある。補助金は貴重な財源だが弊害も多い。自分たちだけが良くなればいいという発想を捨てて、補助制度の廃止を自治体から発信するくらいの覚悟が必要だ。

 今月二十四日、羊蹄山から初雪の便りが届いた。ほどなく、ニセコは白一色、冬の静寂に包まれる。ニセコの雪の白には、新たな智慧を創造する力があると私は信じている。

「…と致しましては」
(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年9月27日)

最近、自分の中に矛盾した側面があることに気が付いています。それは、ハッキリものを言えない場面が多いことと、ものごとの好き嫌いがハッキリして来たことです。

その矛盾の代表例は「…と致しましては」という言い回しです。「…」の部分には、私、弊社など自己を表す言葉が入ります。このフレーズを聞くと、自分の主体性を丁寧に述べてはいますが、本質的には逃げ道を確保した他人事のような印象を受けます。私はこの言葉が嫌いで、自分で使うことはまずありません。しかし主体性をごまかして責任を取りたくない姿勢をにじませるには、便利な言葉です。

同様に「ご案内のとおり、昨今の財政は大変厳しく…」などと話の枕に使う「ご案内のとおり…」という言葉もあまり好きになれません。「多くの皆さんはすでにご承知のことと思いますが」という意味合いで用います。状況をあまりハッキリさせないで、物事の雰囲気を伝えるには便利そうな言い回しです。

自己の立場を明確にして、主体性や責任を明らかにすることはけっこう辛いことです。しかし、この辛さを乗り越えなければ、ものを成すことはできないとも感じます。

 現実の社会と自分の好き嫌いとの矛盾は、(短いとはいえ)四十年余の年を重ねてきた、私の人生のおりのようなものでしょうか。人間は、こうした年輪の残滓を抱え込んで生きて行くものなのかもしれません。

「北海道の高速道路 〜採算性重視は将来に不安〜」
(旬刊「高速道路」 2002(平成14)年9月15日第1242号)

 高速道路の路線ごとの収支採算性が、かまびすしく議論されている。同じように、道路公団の民営化問題も検討され、将来的には上場企業を目指すべきとも言われる。

私は自分のことを、いわゆる「族」という言葉に象徴される特定の分野の利益を擁護する存在だとは思っていないし、単なる地域への利益誘導型の首長でもないという多少の自負はある。しかし、こうした私でも、現在の構造改革議論は危ういと感じている。

現在の議論の目指す方向は、収支採算性かつ民営化だ。少しでも合理的かつ効果的に、さらには安い価格で社会基盤を整備し、維持管理することはとても重要だ。無駄を省くために民営化が適するなら、国民のためにどんどん民営化すべきだ。しかし、社会基盤は公共の福祉の達成のため整備されるものであり、収支採算性が出発点ではない。私は、路線ごとの採算を度外視してよいと言っているのはないし、それは大変重要なことだ。

 しかし、収支採算性だけを根拠として、社会基盤整備の方向性を決めるなら国の将来は極めて歪なものになるだろう。たとえば経済合理性の高い地域はますます過密化し、そうでは無い地域は衰退に拍車がかかる。もちろんこの傾向は、現在の日本の経済や財政の窮乏、少子化による人口減などを前提にすれば避けられない方向でもある。しかし、野放しに経済原理だけを適用するのではなく、国民の公共福祉の向上ための国全体のあるべき姿を論じ、それに立脚した社会基盤整備の方針が必要だ。

現在の論議には、赤字は悪だという極めて分かりやすいレトリックがあり反対を唱えると、抵抗勢力や守旧派と糾弾され、個別の議論はどれも正論に聞こえる。しかし、市場原理による競争と経済合理性だけに委ねた末の国の姿を国民には問うていないばかりか、実はその将来像を十分に描き切れてもいない。この点が抜け落ちた、現在の構造改革論議に、相当な危うさを感じている。

「地方問題をめぐる議論に欠ける「現場」からのを視点」
(「週刊東洋経済」 2002(平成14)年9月21日第5781号)

 2000年4月に地方分権一括法が施行された。しかし、これまでの分権改革は「登山のベースキャンプが設営された程度だ」とする方もおり、多くの関係者が地方分権は未完のものと認識している。特に、地方が自立するうえでの税財源の問題はまったく手付かずのままだ。 

 こうした中で今年5月、片山総務相が五・五兆円規模の国と地方の財源見直しを内容とする私案を発表した。この案には、富裕な自治体とそうではない自治体との格差が今以上に広がる懸念もある。しかし、これまで国と地方の財源問題への言及はタブーとの雰囲気があったなか、この論議に踏み込んで行くきっかけを具体化したものであり評価できる。 

 税財源問題や市町村合併に代表される国と地方問題の多くは、経済財政諮問会議や地方制度調査会などの場で、主に中央の視点からマクロ的に議論されている。国全体を俯瞰的に眺め、問題を大掴みに捉えるという点で、それは重要なことだ。しかし「犯罪捜査の基本は現場」といわれるように、課題解決のヒントは現場に多いのも事実だ。

 こうした観点からすると、今回の地方分権や行財政改革議論はあまりにも現場の視点が少ない。国には今次の改革を、地域からの提案や積み上げによって進めようとの姿勢があったのだろうか。痛みを伴う改革のため、地域の声を聞くとエゴを助長するといった感覚はなかったか。その結果、いわゆる中央の有識者だけの議論に終始していたのではないか。

 有識者の俯瞰的議論のすべてを否定するつもりはないが、個別の市町村の実態、現場の機微を知ることによって、現下の厳しい状況を抜け出す鍵が、より国民の実態に即した形で見つかるかもしれない。もっとも一部を除き、市町村長や知事からの発信が少なかったのも事実で、これは大いに反省をすべきことだ。 

 そこで先月末、愛知県犬山市長、新潟県長岡市長、そして私の三人が呼びかけ人となって政策を提言し、実践する首長の会を立ち上げた。従前、自治体の意向を確認するためには、全国知事会、町村会などを通した意見集約が主なものだった。しかし、この方式では平均点的な意思の発信に陥りがちで、現場の問題意識をストレートに表現することはできなかった。また元気の良い首長の個人的な発信などもあったが、ともすればドンキホーテ的と見られる危険もはらんでいた。 この「提言実践首長会」は、国づくりの一端を地域も担おうという強い意志に基づいているが、全国を俯瞰的に眺める目線と自治体の現場実態からの目線とが融合することによって、あるべき改革の姿が今よりも、さらにハッキリしてくるのではないかと考える。

 総理にはこうした自治体の声に耳を傾ける謙虚さが、自治体には国へのお任せ体質から脱却し、地域の実態を踏まえた市民の視点からの発信が求められる。

「町じゅうの犬」
(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年8月30日)

早起きは辛いことも多いのですが、朝の町には新しい発見がたくさんあります。高校までの一〇年ほど、毎朝、ヤクルトや牛乳の配達をしていました。同じ時刻に起きて町内を歩くのですが、季節ごとの風の感触や、空の微妙な色の変化を知ることなどができて、朝のひと時はとても貴重な時間だったものです。

私が子供の頃は、玄関前の鎖につながれた犬が、町のあちらこちらにいました。犬小屋の回りに転がっている、つぶれかけた鍋には水や干乾びたご飯が入っています。朝早く町を歩く私に、それらの犬たちはけっこう愛想が良く、いつしか私も犬の頭を撫でて歩くようになります。

 なかには、尻尾を振って通りの遠くから私を待つほどに、私になついてくれる犬もいました。そんな犬とは、あたかも私が飼主であるかのような一瞬を共有することになります。

 日中、こんな犬たちに出会うことがあります。偶然に出会えたことを喜んでくれているのでしょうか、千切れんばかりに、尻尾を振ってじゃれついてきます。ところが、家人が玄関口にいる場合は、やはり犬は犬なりに本当の飼主に気を遣うものです。一瞥をくれる程度で私を無視します。しかし、すれ違いざまには、私と目を合わせて「了解」とこっそりうなずき合うのです。このことで犬と私との朝の友情を確認できて、ちょっとした安堵を覚えます。

飼主には悪いのですが、町じゅうの犬たちとの、いとおしい出会いのひとコマです。

(注:新聞掲載時は、文中の「ヤクルト」から「乳酸飲料」へと標記変更しています。)

「北海道の高速道路 〜冬季峠越えの怖さ知った〜 」
(旬刊「高速道路」 2002(平成14)年8月10日第1239号)

 随分と前のことらしいが、北海道の高速道路は「熊しか走っていない」と批判的した閣僚がいるらしい。これは北海道の実態を知らない、ばかげた発言であり、本当だとするなら、その方の常識を疑いたくなる。

 北海道の都市や街区は連なっていない場合が多い。その理由は、都市と都市との間に山岳地帯、峠があるためだ。ニセコから札幌市、函館市、小樽市、千歳空港へ向かうためには、最低でも一つの峠を越えなければならない。当然、峠は自然条件の厳しい、自然溢れるところであり野生動物も多いはずだ。

 その野生動物が普段は来ることのない高速道路に出てくることは十分に考えられることであり、これはおかしいことではない。熊以外にも、鹿や狸、狐だって出てくることもあると思うが、世界的にもこうした高速道路は多数存在しているようだ。もちろん「熊しか」走っていないわけはではないが・・・。

 いずれにしても、こんな常識的なことも理解できない方が国政の重要な仕事をしているのだとすれば頭が痛くなる。

 実は北海道の高速道路整備の必要性の一端はこの峠の存在、都市間距離の長さにあると言ってもよい。言うまでもなく、道路には地点と地点を結ぶという機能がある。

 高速道路には一般道に比べ、安全かつ短時間にこの地点間を結ぶという機能がある。都市間距離の長い北海道は、この高速道路の特徴をまさにストレートに発揮できる地域である。

 また冬季間の一般道の峠越えの厳しさ、危険度合いの高さは想像を絶している。実際に体験したものでなければ、常に危険と隣り合わせの実態は理解しにくい。高速道路の整備によって、今よりも安全に峠を越えることができ、冬季間の都市間の交流に大きなプラス効果がもたらされる。特に、人体への悪影響などに配慮しスパイクタイヤが禁止されてから北海道の冬季間の自動車通行は、桁外れに危険性が高まった。安全な峠越えの実現を望む声は切実だ。

「構造改革論議で気になる収支採算性一辺倒の風潮」
(「週刊東洋経済」 2002(平成14)年8月24日第5777号)

最近ふと、小学生の頃に習った社会科のことを思い出す。北海道名寄では冬期間に土の中で野菜を貯蔵する。根釧パイロットファームの酪農、新潟県寺泊の遠浅の漁業、鹿児島県シラス台地の農業、太平洋ベルト地帯の工業など。そして日本列島は南北に長い弧状列島で、北海道、本州、四国、九州の島のほか、たくさんの離島で構成されていること。こんな日本の多様性について学んだ。

少子化や経済、財政問題など種々の要因を背景に、各般にわたる構造改革が叫ばれ、その必要性を強く感ずる。小泉内閣の誕生以降、民の力と市場原理を基本とする改革論議に拍車がかかっている。国や自治体などの公的な仕事にも、収支採算性という物差しを当てて改革を進めようとする傾向が強い。公的な仕事の効率性の追求や不必要なものを排除するという作業は必須のことだ。

 しかし冒頭に述べたように、都市、農村、漁村、山間地、平野、気候の違いなど、日本列島は多様性を持っている。こうした多様な地域のことを、収支採算性という物差しだけで判断することが適当なことなのか疑問に感ずることが多い。もちろん民間事業は、収支採算性が判断の基本にあってよいのは当然だ。ところが国や自治体の仕事は、公共の福祉をいかに実現するかが出発点だ。そのために負担と受益の関係がアンバランスな非報奨制のある税が存在している。しかし、この税など公的資金使途の判断基準の第一番目が収支採算性だというならば、経済合理性の低い地域は公共の福祉実現のレベルが低くて良いということにもなる。

 ニセコの農家の平均耕作面積は10f程度だ。つまり300メートル強を四方とする土地で、一件の農家が数百万円の所得で生計を維持している。都市部や工業地帯では、同面積の土地でどの程度の経済活動が行なわれるのか。残念ながら手元には適格な資料がないのだが、農村地帯とは比較にならないほど多いであろうことは容易に想像できる。つまり農業や林業などには、単位面積当りの収益性が低いという宿命がある。これらが混在する日本列島に収支採算性という単一の物差しだけを当てて、公共性の高い仕事の是非を判断するのは極めて不合理だ。

 現在、日本の食料自給率は40%程度で先進諸国では最低の水準だ。反面、食の安全性向上や世界的な食糧危機への備えが求められ、日本農業の将来像をどう描くかは喫緊の課題だ。この問題に、工業地域などと全く同一の物差しを当てるのなら農業を維持することは困難になる。

 私は、収支採算性を無視すべきだと唱えているのではない。必要なのは、多様な日本列島の現状を踏まえて国のあり方を論じ、地域の違いを尊重しつつ、いかに公共の福祉を増進させるか、その姿を描くことだ。この議論のない構造改革は、農山村などの衰退と都市の混乱を生み、日本の姿を極めて歪なものにするだろう。

「学ぶ」
(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年8月2日)

 私ごとですが、母が長期の入院療養中のため、病院に行く機会がよくあります。

 深夜から明け方の病棟は、暗く静まり返っていますが、よく耳をこらしていると、いろいろな物音が聞こえてきます。寝息、寝返りを打つベッドのきしみ、医療機器の警報音。廊下の奥で看護婦さんが走り出し、病室に灯りがともりました。容態の急変でもあったのでしょうか。

 ある明け方、階段の踊り場に寝巻き姿で腰をかけて、本を読んでいる人に出くわしました。暗い病室を抜け出て、そんなところに座っている姿にちょっとびっくりし、髪の薄くなった頭ごしに本をのぞいてみました。難しそうな物理か数学の本、どうも大学の古い教科書のようです。五分ほどして病棟から階段の踊り場に戻ると、男性はまだそこにいます。熱心に何かを書き写している、その足元には似たような古い教科書がさらに二冊、一体何を調べているのでしょうか。失礼なことですが、あんな時間に、あの難しそうな教科書から、初老の彼が急に何かを学ぶ必要があるとは思えません。

 それ以降、その男性に会うことはありませんが、背中を丸くして食い入るように本を見ていた光景が脳裏を離れません。人には学ぼうとする気持ちが、そもそも備わっているといわれます。その初老の男性の姿から、人間は生涯を通して学び続ける動物なのだということを改めて感じたところです。未明の病院での出会いに、心地良い感動を覚えています。

「規模ありきの市町村合併に疑問 まず自治の本質を語り合おう」
(「週刊東洋経済」 2002(平成14)年7月20日第5772号)

市町村合併議論が活発化し、自治体にとって合併問題が焦眉の課題となっている。この市町村合併は地域の行政体制の枠組みだけの問題ではなく、日本の国そのもののありようをも規定する、国家の根幹にかかわる国民的課題だ。

 少子化による社会構造の変化、人々の価値観や行動様式の変化、そして経済や財政の厳しさなど、現在の日本はかつて経験したことのない難局に直面している。冷静にこうした実態に対峙すると、自治体の体質変化は避けて通ることはできない。この変化の選択肢は、国と地方の財源配分の見直し、広域行政の徹底、市町村合併、全く新たな自治の仕組みづくりなど、多数考えられる。

 トクヴィルの「地方自治は民主主義の学校である」という言葉に象徴されるように、地域の自治は国のあり方にも極めて大きな影響を与える。ごみや環境、福祉など自分の地域の身近な問題について見識を持った市民が育つこと、それは国全体の中でも成熟した市民社会に生きる国民が生まれることになる。つまり、健全な地方自治の存在が国全体の真の民主主義の実現に重要な役割を果たす。したがってこの難局を乗り切るためには、住民が生き生きとした暮らしを実現するための自治のありよう、つまり自治の本質を多面的に議論し、その実現が必要だ。

 国では、2005年3月までに行われた市町村合併について財政面を中心とする各種の優遇措置を準備しており、自治体の体質変化の方向として「市町村の合併」を選択した。しかし、この合併という道の選択が、そもそもあるべき自治の姿について、十分な議論をつくした後に行われたとは言い難い。単に規模を拡大すれば自治体の運営の効率性が得られ、専門性が高まるという安直な判断でその方向付けがなされたのではないか。それは、地方制度調査会、経済財政諮問会議や地方分権推進会議などの場で、近ごろになってやっと、自治体のあるべき姿が論じられていることからもうかがえる。

私は、市町村合併を否定も肯定もしない。生き生きとした自治の実現に資するのであれば、合併を選択する地域も当然あってよい。しかし、本来、先行して行うべきであった自治とは本来どうあるべきかという議論を先送りし、規模拡大を前提とするという基本姿勢では、自治の崩壊を招き、そのことが日本の民主主義の劣化にもつながるおそれが多い。

そこで、国の合併推進姿勢を一時ストップし、本来あるべき自治の姿についての再検討を短期集中的に進めるべきだ。これを行わない限り、自治の現場での選択は、財政制約による強制や判断材料の少ない賭博的で歪なものとなる側面が強い。結果を運に任せた賭博的判断や強制からは、自治の真の自立性は生まれず、依存体質からの脱却にはほど遠い。責任ある市町村行政の確立のためには、日本の市町村のあるべき姿を、自治の確立という観点から再考することが必須なのだ。

「話す」
(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年7月5日)

仕事柄、人前で話す機会が多いのですが、うまく話せたと思うことはほとんどありません。書く作業は、修正することができますが、話す場合はそうは行きませんし、十分に考えて話すことばかりではありません。急に意見を求められ、考えながら話すこともあります。一度口にした言葉を引っ込めることはできず、話すことは瞬間の技とも言えます。

四年ほど前に、当時のクリントンアメリカ大統領が、日本のテレビで市民との対話集会を行なったことがあります。「大勢の人の前でうまく話ができるコツは何か」との質問に大統領は次のように答えています。「大勢の人が目の前にいても数人の友人に対して話すようにして話すこと。それがうまくできないのは、いつもの自分と違うように話すからであり、その必要はない」この質疑に私は大いに納得したものです。しかし頭で理解したからといって、それを簡単に実践できないのは、お見込みのとおりです。

 話すことは、話の組み立て、用語、スピードなどに加え目線や態度など、多面的な要素で構成され、相当な訓練が必要だといわれます。しかし残念ながら、私はそうした訓練を受けたことがありません。だから自分の話している場面をビデオに撮って、悪いところをチェックしようと思うこともあります。しかし、それが実現したためしはありません。本音は、自分が出演したテレビを見ることですら、気恥ずかしくて嫌なのです。これでは、私の話す技能は、足踏みを続けるだけです。

「鍵は「思う」こと、想像力だ」
(実務教育出版「受験ジャーナル8号」 2002(平成14)年8月)

ものごとは、実践しなければ身につかないといわれる。苦しい境遇や病気など、実際に体験したものでなければ、本当の苦しみは分からないという。優雅な暮らしをしている人に本当の貧困のことは理解できないし、礼儀や話し方も実践の中でしか会得できない。だから社会に出た若者たちは、多くの場面で経験不足を指摘され、「もっと修行が必要だ」と上司に諭されることが多い。経験の積み重ねによって、深く高いレベルの技量が身につき、大きな人間性が形成されるのが事実だ。

ところで我々は歴史から多くのことを学ぶことがあるが、当然その時代に生きていたわけではない。もちろんたくさんのことを体験していた方がよいのだろうが、為政者たちがあらゆることを経験して、多くの人の痛みを知っているわけではない。実体験でしかものごとを知りえないのなら、人生の時間以上のことを身に付けることは物理的には不可能だ。しかし私たちは実体験以外の様々なものから多くのことを学んでいる。仕事をするようになってから、この根源となる力はなんだろうかと考え続けていた。

ある時、大した目的もなくインターネットでウェブサイトを眺めていたら、「想像力」という詩のことが目に留まった。そうだ、実体験以外から学ぶ鍵は「想像力」、つまり「思う」ことではないか。この力がなければ我々は実体験からしか学べないし、逆にどんなに実体験を重ねても、そこに意図や目的、思いがなければ進歩がないのではないか。

早速このネット上で見つけた詩の搭載されている「会社の人事」(晶文社)という中桐雅夫さんの詩集を手にした。ガツンと頭に一撃をくらう。我々が個々人の違いを容認し合い、別の地域の特色を理解し、遠い国の悲惨さを憂えることができるのは想像力、思う力に負う部分が大きいのだ。この詩集を読むまで、そんな単純なことにも気がつかなかった私だが、以来、想像力の大切さを常に感じている。特にいたずらに時間を費やすことが、必ずしも経験に厚みを増すものではないこと、個人の技量を高めるものではないことを肝に銘じている。

中桐雅夫さんの詩「想像力」に出会ったことで、こうしたことへの気づきを得ることができたが、この想像力を養うためには、色々な文章に触れることが肝要である。ビジュアルで分かりやすいものの果たす役割は重要だが、言葉が少なく、思い巡らすことがなければ理解できないものに触れることも必要だ。そうした意味で、身近なところに気に入った詩集などを置くことも良いかも知れない。私は、この「想像力」への気づきがあって以来、この詩集「会社の人事」をはじめ数冊の詩集を手元においている。仕事に集中して、ふっと気を休めたくなったとき、ぱらぱらとページを繰ると、少ない文字から膨らむイメージは無限だ。ほんの一時ではあるが、目の前の仕事とはまったく別の世界に没頭でき、大きな気分転換になる。詩集から目を離すと、すぐさま現実の世界に引き戻されるが、このちょっとした別世界体験が仕事にメリハリをつけることになる。

「自治の現場から司法に思うこと」
(日本弁護士連合会「自由と正義」 2002(平成14)年6月号)

一 はじめに

 本稿では小規模自治体と司法の関連について思うところを記したいが、私は司法に関しては全くの素人である。したがって的外れな議論もあろうかと思うが、お許し願いたい。
 なお、この司法素人の私が、司法について多少なりとも関心を持つ切っ掛けを得ることになったのは、「人間の尊厳と司法権」(日本評論社)などの著書がある北海道大学法学部木佐茂男教授(現九州大学)の示唆があったからであり、木佐茂男氏に心から感謝したい。

二 遠い司法

 ニセコ町は人口が4,600人程度、ジャガイモ生産などの農業とスキーや夏のアウトドアスポーツを中心とする観光を基幹産業とする町である。昭和30年代の初めから、高度経済成長の中で都市への人口流出が進み、現在の人口はピーク時の半分以下であり、北海道の中でも規模の小さい自治体だ。

 こうした町だからというわけではないのだろうが、町民にとって司法は縁の遠い存在であり、必ずしも日常的なものとは言えない。実際に司法の力が必要な場面においても、町民が紛争などを法的に解決しようとする傾向は少ない。法的解決をするために大変大きな力となる弁護士という職についても、大多数の町民にとっては、雲の上の遠い存在となっている。卑近な例だが、無料法律相談などで弁護士さんと会っただけで緊張してものが言えないという方もいるくらい、弁護士さんの存在は遠いものだと思われている。

 したがって町民のトラブルの解決方法は、(具体的な統計数値はないが、日常的に町民に接する者の感覚として)弁護士に相談すること以外の方法によるのが、もっぱらの状態と思われる。その相談相手は、身近にいる役場職員や町議会議員、そして(設置の主旨とは多少違ったとしても)行政相談員や人権擁護委員であろうと推測される。

 行政相談員(総務省)や人権擁護委員(法務省)への相談は、所管官庁とも相談の上、最終的には公的な手段によって解決される可能性もあるが、役場の職員や議員への相談は、色々な問題を孕んでいる。相談を受けた職員などが、その個人の法的な力量の範囲において対応する場合が多い。また相談の多くは、いわゆる役場の正式業務とは言えないものが多く、相談案件が最終的に公的な対応とはならず、そうしたものは当然、職員と相談者との個人的付き合いの範囲での対応となる。この結果、その対応の適切さが法的に担保できないことは十分に予想される。場合によっては相談を受けた職員の個人的あるいは過去の仕事のつながりなどの中から、弁護士が介することもあるようだが、これは極めて稀なものと言える。

 相談の内容は、隣同士の除雪のトラブル、用地境界の確認、隣地の水処理、サラ金、不動産の賃貸借、隣が騒がしい、地域で悪口を言われる、離婚など夫婦間のトラブル、医療上のトラブルなど、多岐に渡る。この中には、役所の業務として当然相談に乗って解決すべきものもあるが、本来は当事者間で解決すべき問題も多い。特に相隣関係などは、そういった傾向が強い。しかし、相談に来た本人もそのことを理解はしているが、当事者間では解決がつかないため、あえて役場に持ち込むこととなる。こうした際に、「弁護士さんなどに相談すべきでは」と水を向けるのだが、そこまでは踏ん切りが付かないケースが多く、第三者である役場の職員と相談の上で、なんかとか解決したいとの雰囲気が強い。また医療上のトラブルは、国民健康保険の保険者として対応できること意外には、事実関係の把握を行なう権限もなく、話を聞くだけに終ることが多い。しかし、役場で自分の思いを話すことで不満の解消につながるケースもあるようだ。それにしても医療については、こうした実態を多く見るにつけ、患者の立場が極めて弱いことを感ずる。また交通事故に関するトラブルは、かつては役場に持ち込まれることが多かったようだが、最近は私の知る限りほとんど見当たらない。これは保険屋さんがその相談の役割を果たしているためと思われるが、その処理の適切さを判断することは簡単なことではない。

 ところで何か紛争が発生した際に当事者の一方が「私の知り合いに弁護士がいる」と言うだけで、他方の当事者が尻込みするケースがある。こうした場合、自分も同じように弁護士に依頼すれば良いとも思うのだが、そうした感覚が生まれないのは、弁護士の存在が遠いものであることを具体的に示す例とも言える。

 しかしその反面、当事者の双方に「弁護士」という職への期待度の大きさがうかがえる。つまり「弁護士と知り合い」と言っただけで、相手を怯ますことのできる効果があるということは、一般的に住民は、弁護士という職が相当大きな力を持っていると見ていることが分かる。実際に自分が利用するかしないかは別にして、一般の住民にとって弁護士とは色々な意味で大きな存在なのである。

 日常的な町民間の紛争などを見ていると、弁護士に相談するなどによって、問題発生の早い時期から法的な尺度の中で双方が対処していれば、泥沼化しなかったケースも多いのではないかと私は感じている。しかし弁護士費用の分かりにくさや誤解もあって、町民にとって弁護士の存在は、極めて遠く非日常的なものになっている。

 また個人間のトラブルだけではなく、いわゆる法人としての町のトラブルが法廷の場に持ち込まれることを嫌う風潮があるのも事実だ。「法廷問題になる前になぜ解決できなかったのか」とか、町側の法的対応の良し悪しを全く度外視して「裁判にまで発展するとは、由々しきことである」などの言葉がそうした風潮を表している。もちろん町が絡むような紛争やトラブルの存在は、そもそも一般論として決して良いことではなく、こうした言葉の全てを批判的に捕らえるものではない。一般的にはトラブルや紛争が少ないに越したことはない。しかし、当事者間の話し合いなどで解決のつかないことを法に照らして判断し解決するのが、本来、裁判の役割の一つであるはずなのだが、こうした点を理解せず、単に法廷問題になっただけで批判的にとらえられることが多いのは困ったことだと感ずる。こうした風潮は、日頃のニュースの扱いなどを見ていると、一般の住民だけではなく、日本のマスコミ報道にも存在しているのではないかと感じている。これは、裁判や裁判所とは、そもそも忌み嫌うべきものであり、できれば避けたいと多くの人が感じていることの表われかもしれない。

 以上のように、弁護士の存在や司法は、住民の目線から見ると大変遠い存在になっているのが実態であり、かつ司法の果たすべき本当の意味が理解されていないとも思われる。現在、司法制度改革が声高に叫ばれているが、この改革が国民的な課題になっていないと言われる理由の一端は、このあたりに存在しているのかもしれない。しかし、国民の人権や権利を守るために、法の果たす役割は根幹的なものであり、その法の力をより具体的に展開してくれる弁護士や司法の存在を、住民に身近なものにすることはとても重要なことである。

三 甘い市民の権利保護

 ニセコ町では、平成7年頃から、町民とのコミュニケーションの場面を多くすることや、町民から求められなくとも積極的に行政情報を提供するなどの取り組みを進めてきた。これは「情報共有」と「住民参加」を柱として、責任をもって「自ら考え、自ら行動する」まちを目指そうとの狙いからだった。この背景には、地方分権の流れの中で、自治体の自ら治める責任の範囲が飛躍的に拡大する方向に変化していることなどの要因があった。

 しかしこの取り組みは、ある一定の評価も受けたが試行錯誤の連続であり、必ずしも確立されたものではなかった。その過程に行政側の恣意性が入ることや、体系化されていないなどの指摘もあった。そこで、この情報共有と住民参加を基本とする住民自治をより確実なものとするため、平成12年12月に、いわゆる自治(あるいは行政)基本条例に相当する「ニセコ町まちづくり基本条例」を制定した。

 この条例案を検討の過程で、町民の権利保護の仕組みや手立てを一般的に説明するための規定を設けようとした。その原案の要旨は「町民の申し出の内容が争訟制度によることができるときは、当該申し出をしたものの権利行使が時期を失しないようその旨を教示するとともに、審査請求、意義申し立てその他の不服申立ての手続きについて、説明しなければならない」というものであった。しかし、この規定を設け、実際の日常業務の中でそれを実践することは、我々の力量では容易ではないことが判明した。

 住民の権利義務を守るための手続きが総覧でき、かつ分かりやすく説明され文献などの存在が見当たらない。したがって期待する条文の内容を実現するためには、存在しない文献の内容を作成する作業を我々が行なわなければならない。しかし当然のことながら、我々にとってそれはあまりにも荷が重く、実現の可能性の薄いものであった。そこで、そうした取り組みは、絶対に必要なことではあると認識はしつつも、この規定を設けることを断念せざるを得なかった。そして最終的には「町は、(中略)意見、要望、苦情等にかかわる権利を守るための仕組み等について説明するよう努めるものとする(第22条第2項)」という努力規定として盛り込むことになった。

 もちろんこうせざるを得なかったことは、草案作業に携わった私の法的力不足による部分が大きい。しかしこの規定を断念せざるを得なかったことの背景には、日本の自治体が自治の主体であるべき市民を、その仕事の中でどう位置付けているかを知るための示唆が含まれていたように感ずる。つまり、そもそもこれまでの役場の中では、「町民の権利保護を第一とする」という視点で仕事が進められていたわけではなく、「まず役場の仕事や行為が前提にあり、その際に権利の侵害などが生じたら対応する」という姿勢で仕事が進められていたことを明らかにすることになったのではないかと感じている。

 もちろん個別具体の仕事を通して初めて、住民個々人の権利に関わる問題が発生するのであり、一般論として権利保護の全体像を説明することは、現実的にはあまり意味を持たないとも言える。しかし、行政としてのそもそもの姿勢が、住民の権利保護を第一優先としてこなかったことがうかがえる。つまり「何かトラブルが起きた場合には対応します」ということであり、「まず住民の権利保護を第一に仕事を考えます」という姿勢とは大きく異なっている。つまり行政の基本姿勢として大切にしていたのは、自治の主体である住民ではなく、仕事の遂行であり、これは大いに反省すべきことである。

 しかし、長い年月のうちに染み付いた、市民の権利保護よりも行政の仕事優先の体質を改善するのは簡単なことではない。市民も行政職員も、どこをどう直せば、仕事優先の体質が改まるのか、それは急には分かりにくいことかもしれない。しかし、そうした体質を改善する取り組みはぜひ必要なことであろう。

 そこでこうした体質改善の第一歩として、生活に身近な問題に対して気軽に法的なアプローチができることが重要だと考える。こうした機会を増やすことによって、市民の権利保護に対する市民や行政の感性を高めていくことが必要だ。そのためには、市民や地方行政府にとっての身近な場面に、司法や市民の権利を守るための専門家の存在が、不可欠なのだと感じている。

 これは単に掛け声や理念だけでは進むものではなく、法の専門家を身近にするための仕組みづくりのための具体的な行動がなければならない。こうした観点から考えると、現在、全国の地域弁護士会などで、地域司法計画策定の取り組みが進められているが、これは市民や地域の目線からの司法を考えるという点で極めて意義がある。

四 司法過疎と国のあり方

 ニセコ町は札幌地方裁判所管内に属し、支部が岩内町に設置されている。岩内支部の受け持ち範囲は4町7村で、人口が約66,000人、面積が約2,200平方kmに及び東京都とほぼ同じ広さとなっている。人口密度は約30人であり日本の人口密度の十一分の一程度である。岩内町はニセコ町から約40km程度、自家用車では約一時間の場所にある。しかし、岩内町までの公共交通機関の便は極めて悪く、一日に数本のJRや、同じく数本のバスを乗り継ぐ必要がある。こうした現状では、自家用車を利用できない町民にとって、岩内町は簡単には行くことのできない場所となっている。ニセコ地域は北海道の中でも、特に雪の多い地域であり、冬の移動はさらに困難を極めている。

 また岩内支部には裁判官が常駐していない。裁判官は月に一度、本庁または他の支部などから補填されるため、裁判の開廷日が限られ、これも必ずしも便利な状況とは言えない。またニセコ町から13kmほど離れた倶知安町には、簡易裁判所があったが昭和63年には廃止された。廃止の理由は、昭和30年の簡裁開設当時の管轄地区人口約65,000人が約45,000人に減少していること、廃止近年の取り扱い事件数が開設時に比べ激減していること、住民の交通手段は必ずしも公共交通機関に限定されないことなどであり、岩内に統合された。

 このような裁判所の状況では、弁護士の経営も成り立たないことが予想され、岩内支部管内は、法律事務所を置いている弁護士が一人もいない、いわゆる「ゼロンワン地域」となっている。一番近くに常駐している弁護士は、自家用車で2時間程度のところに位置する小樽市だ。

 ニセコ町をとりまく裁判所、弁護士の状況をみると、町民が気軽に弁護士にアクセスでき、迅速かつ容易に裁判所を利用できる実態にはない。国民の基本的な人権を守るためには、いつでも、どこでも、だれでもが司法サービスを受けることができるようにすることが必要であり、ニセコ町のような弁護士や司法の過疎状況を一刻も早く解消することが急務となっている。

 日本弁護士連合会や地域弁護士会ではこうした過疎解消のために様々な取り組みを行っている。2001年4月、岩内町に札幌弁護士会が中心となって、常設ではないが、弁護士の法律相談センターが開設した。初年度の必要事業費は5,080千円で、その負担内訳は、日本弁護士連合会2,680千円、関係13町村(人口約8万人、岩内支部の受け持ち範囲より広い)2,000千円、自主財源400千円であった。

 このセンターの開設に当っては、冒頭に述べたような弁護士や司法に対する地域の認識もあり、相談件数が少なく相談窓口設置の意味がないとの懸念もあった。しかし、開設後11ヶ月を経過した2002年2月末の延べ相談件数は330件に及び、予想を上回る結果となっている。

 2002年2月に開催された町村担当者と相談センターとの会議では、相談を担当した弁護士などから、次のような報告がされている。

 「予想を上回る相談件数で、過疎地における好事例として全国的にも注目されている。10ヶ月間で39日間開設し、相談の内訳は、一般相談230件、クレジットサラ金57件、交通事故8件で、直接仕事の依頼を受ける受任率も高い。具体的には、金銭、離婚、破産、不動産関連のトラブルが多く、札幌市内に比べ借入金額が高額で悪質な金融事例が見受けられる。札幌市内に比べ借金の返済意識が強いが、破産に対する抵抗意識が強く行き詰っているケースが多い。相談できずに泣き寝入りの事例もある。早期に法律相談ができれば、被害の軽いもの、家庭崩壊を食い止められた事例も多く、地方における法律相談の必要性を強く感じる。」

 冒頭に述べたように、弁護士には相談しないまでも、ニセコ町でも役場に相談が持ち込まれるなどの法的なニーズが潜在化していた実態があった。この岩内町への相談センター開設の事例から、積極的に掘り起こしをすれば、過疎地においても正式な弁護士や司法マターが存在することと、法的な救済措置の必要な事例が少なくないことが分かる。

 これは私の極めて勝手な推測だが、都市での案件に比べ過疎地では、事件としての先進性や(あえてこの言葉を使うが)レベルが低く、法律のプロには満足感の少ない仕事かもしれない。しかし、国民の権利の保護を真剣に考えるのなら、法律面においても「医療の赤ひげ先生」のような存在が地域には必要であり、今後ともこうした弁護士会の取り組みが進むことを期待したい。

 とは言うものの、弁護士個人の善意や弁護士会の頑張りによる「赤ひげ先生」的な運営では、様々な面で限界があるのも事実だ。初年度の相談件数が、次年度以降も続く保障はない。もしかすると長年にわたって相談できずにいた問題のストックを単年度で吐き出したという可能性も否定できない。また設置運営の費用の約90%以上が依存財源であることも大きな不安要素といえる。もちろん地域の住民の福祉向上のため、自治体としてもこの問題に積極的に関わる必要がある。しかし、現在の地方財政の状況では単独での支援に限界があるのもの現実だ。そこでこうした取り組みを、日本全体として公的かつ安定的に支える仕組みが必要である。

 しかし、国、地方全体の財政難や経済成長の鈍化、そして少子化による社会構造の変化などの中で構造改革が叫ばれ、行政の支出を抑制することが強く求められている。こうした中で、司法関係の予算を大幅に増加させることは至難の技だ。また弁護士事務所も、少子化による人口減が進む中で、収支採算が確実に合うとは見込めない地域での開設に、二の足を踏むのも当然のことだ。財政と経済の面から見ると、司法過疎からの脱却には大変強い逆風が吹いている。

 近年の構造改革の中心命題は、「市場原理」と「公から民への仕事のシフト」であり、「効率性」や「コスト負担とサービス受益の整合性」が強く求められている。私は、税についてもこうした概念が蔓延し、負担者と受益を受けるものの関係に整合性がなければならないという風潮が、国民の中に生まれていることに大変な危惧を感じている。税には「非報奨制」という、一般の通貨にはない一見不公平な側面がある。この非報奨制という負担とサービスのアンバランスによって、通常の経済活動では収支採算が合わないが公共性の高い仕事を行なうことができ、それによって国家や自治体の基礎を形成している。これは税金の本質の一つとも言える。

 まさに司法の問題は、この収支採算があわなくとも実現すべき公共性の高いことがらの一つである。司法とは、民が果たしえない、国家が果たすべき根源的な役割である。国民の権利保護が地域間によって、あるいは市場の原理や費用対効果によってばらつきがあってはならず、国民の権利保護の機会均等は中央政府(国家)の責務と言える。したがって中央政府が管理する税の力によって、こうした機会の均等を作り出すことが、是非とも必要なことだと考える。

 また司法や権利保護の機会均等の問題を考えることは、そもそも日本の国民が法の下において、どのような存在であるのかという日本の国の大きなあり方、根本原理を論ずることであり、目先の効率性や経済性に大きく左右されるべき問題ではない。

五 裁判への市民参加と司法制度改革

 2000年4月に地方分権一括法が施行されるなど、日本の自治体の権能を強化し、中央政府との役割を明確化する流れが進んでいる。また行政改革の流れは、地方政府の改革から中央政府の改革へと進んでいる。具体的な改革の道具や概念は、情報の公開や共有、参加などであり、最近は行政評価も重要なツールとなりつつある。これらはいずれも、まず自治体がその発生の具体的取り組みを行い、全国各地に伝播するとともに中央政府にも及ぶという経路を辿っている。つまり改革が進む一つの原動力は、市民の実生活に近いところでの具体的な実践なのだ。個別具体の実感を伴った実践の積み重ねによって、新しい概念や道具が洗練され、その実践の範囲が広がり、さらに一般化される。ここ数年の地方自治を見ていると、こうした改革の流れを実感する。

 こうした分権型の改革の鍵は、これまでは人にあまり知られていない感覚が世に出ることであり、多くの人たちがその感覚を具体的に実感することである。中央集権的な改革は、目指すべき概念がしっかりしており、その感覚が既知のものである場合に有効なことが多い。未知の概念を実現する改革は市民に身近なところからの試行錯誤の繰り返しとも言える。その意味で、まちづくりや地域づくりという言葉に象徴される自治体における市民参加は、絶えることのない学習と成長の過程であり、常に完全なものではなく、常に完全を目指す作業とも感ずる。

 近年、司法制度改革の中で、裁判への市民参加について言及されるようになっている。裁判への市民参加を、こうした地域づくりへの市民参加と同じレベルで考えることができるかどうか私には、残念ながら分からないし、その力量もない。しかし、どんなかたちであれ市民が関わりを持つことによって、分かりやすい司法にすることが重要であり、それが、これまで述べてきた司法との縁遠さを埋めることにもプラスになるものと思う。

 様々な手法によって市民と司法が関わること、それによって市民が司法本来の役割を認識し、司法への理解も深って行く。こうした作業の積み重ねによって、市民からの追い風も受けつつ司法改革が進むのではないかと感じている。

六 自治体との関係

 自治体の事務そのものについても、高度の法的専門知識の必要性が年々高まっている。その背景には次のようなことがあるだろう。地方分権の推進により、自主的に判断をして自主的に実行する仕事の範囲が広がると同時に責任も増大していること。こうしたことによって自主条例の制定などが必要になっている。税に対する国民の意識変化にも見られるが、住民の権利意識に変化が起きており、行政の仕事に対してよりハイレベルな法的整合性を求める傾向があること。特に環境問題に対する取り組みが様々な面で進んでいることによって、私権と公共性の問題については、複雑な議論が多くなってきている。また今後の日本の行政や公共性を論ずるうえで、土地利用に対する私権の制限要素も多くなる傾向もありトラブルが予想される。

 列挙すればキリがないが、多様な要因を背景として自治体と当事者の間だけでは解決のつかない問題が山積するようになっている。しかも、個人の権利救済と公共性確保の観点から、迅速で簡便、しかも第三者などの公平な視点で解決できる手法が必要となっている。こうしたことから自治体関係者に対して、高度のしかも分かりやすい法的専門性が求められており、自治体と弁護士会などの法律の専門家との連携は不可欠になっている。また裁判を忌み嫌う風潮や、そもそも裁判に時間がかかることなどもあり、裁判外の手続きによって紛争を解決することなど、新しい仕組みづくりに対する期待も大きい。

 こうしたことから、国民の権利を守る法の専門家集団である弁護士会などと自治体とが、情報交換を行うなどの初歩的な交流からスタートし、密接な連携を持つことが求められている。そうした情報交換の中から、司法をも含めた、国民の権利を守るための具体的な取り組みがさらに広がることを期待したい。

「靴の思い出」
(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年6月7日)

 子供の頃、ゴムの短靴を履いていました。すぐに水洗いができる、底の薄い簡単なものです。ゴムで通気性は最悪、いつも汗でベタベタした嫌な感触がありました。小学校2年の春、憧れのズックの紐靴を買うことが許され、少しだけ大人になった気がしたものです。

そのズック靴もバスケットボールや陸上競技を始める頃には卒業し、それ以降、夏はもっぱらスポーツ用の靴を愛用するようになりました。一方、冬は黒いゴム長靴が定番。しかし札幌オリンピックの頃に「スノトレ」という、冬用スポーツ短靴が登場し、これを契機にして冬の履物文化が一気に多様化したのは、印象深いことでした。

仕事に就くまでの間、このように靴といえばスポーツ系のものが中心でした。その歩きやすさなどから、他の靴は履けないとも思っていましたし、スポーツ系の靴の持つ気軽さや、飾らない雰囲気が自分の生き方にも合っていると感じていました。だから、一生この靴を履いて過ごすような人生を送りたい、なんとなく気位の高そうな革靴を履く仕事には就かないとも思っていたものです。

そんな私だったのですが、今、かつて一番嫌っていた革靴を、毎日履く羽目になっています。革靴も悪くはありません。でもやっぱり行動範囲が限定され窮屈な感じです。そして自分も窮屈になっていはしないかと心配にもなっています。

 靴の思い出があふれ出てきますが、靴を通して人生を眺めるのも、おもしろいものです。

「生き生きとした自治を生み出すIT活用とは」
日本能率協会マネジメントセンター「e-Goverment 電子政府・自治体ガイド200」 2002(平成14)年4月)

1.はじめに

私は、情報技術(いわゆるIT)の専門家ではないし、日々刻々と進歩するIT分野について、的確な知識、情報があるわけではない。しかし、個人的な趣味や自治体での仕事を通して、コンピュータに触れるようになって20年以上になった。こうした中で、ITには光と影の部分があると感じているが、その有用性を中心に記したい。

2.生き生きとした自治とは

私たちの社会には効果的な自治を実現するために、議会、役所の職員、首長、税と財政制度など、様々な仕組みが設けられており、その制度にのっとり自治体の活動が行われている。自治の本質とは、自分たちの暮らしや地域のことについて、責任をもって自らが考え、行動することである。ところが全ての課題について、直接、個々人が手を下すことは、実生活上、無理なことであり、そのために間接的な民主主義の手法が用意され、直接的な手法との混在によって、生き生きとした自治の実現方策が各地域で実践されている。

ニセコ町では間接的であれ直接的であれ、自治を推し進める原動力になるのは「情報」と考えている。つまり地域の歴史、実情、課題や他地域との比較情報を知ること、それが問題意識を生みだすもととなり、自立的な活動の原動力になるのだ。

3. ITはコミュニケーションの道具

コミュニケーションとは「情報の双方向やり取り」であるが、この活動にIT機器が大きく貢献できる。しかもそれによるコミュニケーションは、時間、場所を選ばないし、場合によっては匿名性も担保できる。そのやり取りを即時公開することにも優れている。

具体的な自治の活動とは、反復したコミュニケーションや実践を通した学習活動の継続だとも言える。IT機器は、音声や画像、文字だけのコミュニケーションとは違い、データーの蓄積、参照機能など多様な要素を盛り込むことを可能にする。したがって直接面談するコミュニケーションとは、全く違う効果をもたらすことが期待できる。

たとえば現在、公的な政策形成過程では住民の声を取り入れるため、住民からの意見聴取と、それに対して政策形成主体がどのように対応したかのやり取りの全てを公開しながら実施するパブリックコメントという手法が重視されている。従来型のメディアでは、意見発信とそれへの応答は、割合簡単に行うことができる。しかし、そのやり取りを即時に公開し、その結果を時間や場所を問わず第3者が手にすることは、必ずしも簡単ではなかった。しかしITの活用によって、他者の意見発信と応答を見ながら、別の意見発信をすることなども短期間に実現することができ、不特定多数のものが公開でコミュニケーションを行うには、最良の機器と言える。

つまりIT機器は、極めて有用な市民間のコミュニケーションの道具となる。

4. ITは情報公開の場

IT機器の活用によって情報のストックを構築することができ、それは情報公開、共有のためのライブラリーとなる。

地域のことを判断するために必要な情報は、住民から請求のある無しに関わらず積極的に公開すること(情報共有)が重要だと、ニセコ町では考えている。しかし、こうした情報の存在を広く住民に周知し、その存在場所を知らせることは従来型媒体(印刷物、音声、映像など)では簡単なことではない。印刷物には、一覧性に優れるなど、ITを活用した媒体にはない特徴が多々ある。しかし、情報のストックによるライブラリー形成には膨大な空間が必要な場合や、検索性も劣る場合が多い。ITによるライブラリーの形成はこうした欠点を補い、情報公開、共有に大きな貢献をすることが見込まれる。

5.ITは情報整理の切っ掛け

IT活用による情報整理のメリットは、整理のついたところから順次活用できる点にある。

従来型の情報整理は、あらかじめ情報の全体量を把握して、整理の方針を決めておく必要があった。もちろんこうしたことはIT活用による整理にも必要なポイントではあるが、物理的な形を有する媒体の整理に比較しその作業量が極めて小さい。つまりある決まった電子情報に置き換える方針が決まりさえすれば、あとは手当たり次第、作業に取り掛かることができる。電子情報には簡単に並べ替えたり、括り直したりできる性質があるため、こうしたことが可能になる。

6. 自治体におけるIT活用の留意点

新しい情報媒体としてのITは大変有用なものではあるが、住民の多様性を無視することはできない。全ての住民がITを活用できる状況にはないし、IT機器を使う、使わないは住民の自由選択であることを肝に銘じなければならない。つまり自治体の情報媒体には多様性が必要なのだ。ITによる情報化だけでは不足であり、紙、音声、映像、直接対面することなど、様々な情報媒体の存在が現時点では不可欠である。

しかし、ITによる情報整理は、他の媒体転用へのデーターベースになる可能性が高い。したがって、ITによる情報化を進めることは、多様な媒体への対応も可能にすることとも言える。

また自治体活動のITによる情報化の作業は、日常の一連の作業の延長線上であることが望ましい。

たとえば、役所内部でグループウエア上でのスケジュール調整が完了した場合、それに対して特別大掛かりな操作がなくとも、ほぼそのまま、完了時点で自動的に外部発信できるようするなどのイメージである。つまり日常の仕事を行うことが、即、情報発信作業に連携するような簡便さである。

もちろん専任の情報担当を配置することで、簡便さに替えることはできる。しかし、仕事の延長線上で、即、情報共有が可能になることの効果は絶大である。行政内部の仕事が常に公開を前提としているということが強く意識され、仕事の質の大幅な向上が期待される。

7.おわりに

ITの活用はまだまだ黎明期とも言えるが、参加と公開の手助けとなるものであり、生き生きとした自治の実現に極めて有用なものといえる。また従来型の参加と公開の一助になるばかりか、住民の目線で活用するならば、その質を引き上げるものにもなっている。しばらくは試行錯誤の状況が続くであろうが、積極的な利用によって、生き生きとした自治が効果的、効率的に実現されることを期待したい。

「桜吹雪」
(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年5月10日)

北海道にしては、早すぎる今年の桜のピークも過ぎようとしています。日本人は、この桜を心待ちにし、多くの人はこの季節に飲み、歌います。「花よりダンゴ」と言いますが、もちろん花があってのダンゴなのです。

 我々の身の回りにある木々や草花、そして自然の日常は、本来、結構地味なものです。しかし満開の桜の下に立っていると、それらの地味さとは別の、まさに狂い咲きというべき、異常さ、狂気を感じます。悲しみの場面に、派手な服装で登場した稚児、いや違います。稚児ではなく大人です。場面に似つかわしくない服装で、みんなを「はっ」とさせ、「大丈夫なの」って思わせる人のような危うさが満開の桜には潜んでいます。

 十年以上も前の春のこと、二人の友人と深夜の京都疎水沿いを、酩酊状態で歩いていました。あたりに高級住宅の並ぶ夜の疎水には、はらはらと桜の花びらが舞い、我々が時間を潰していた赤提灯の喧騒とは別世界です。

 北海道育ちの私は吹雪とはどんなものかを嫌というほど知っているはずですが、本当の吹雪よりも吹雪らしい、桜吹雪の中で立ち尽くすばかりでした。舞い散る花びらで目を開けていられないくらいなのです。

今一度、あの疎水の狂気漂う桜吹雪に打たれてみたら、これまでの人生に整理がつくかもしれない、あるいは新たな人生が開けるかもしれないとも思うのですが、それは幻想でしょうか。やはり、満開の桜には危うさが潜んでいます。

「青春」
(読売新聞(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年4月12日)

小学校高学年のころ、深夜放送ラジオでロック音楽を聴き始めました。多くの人がそうであったように、私もその時期、ちょっと反抗的に、いわゆる突っ張った感じになりましうた。素直に自分の心を開かず、社会のあり方など多くのことを批判的にとらえるのです。

音楽も同じです。海外のロックを聴き始めたこともあり、日本の歌はダサイ感じがしました。ごく一部を除いて積極的には邦楽を聴かず、良い曲だとは感じていても、あえて日本の歌を自分の周囲には近づけないようにしたのです。今思うと単に格好をつけていただけなのですが、音楽と言えばロックを中心とする洋楽が好みの中心でした。

 あの時期から30年近くが経過しましたが、今もやっぱりロックが大好きです。しかし、今はジャンルに対するこだわりは全くありません。音楽に対しては物分かりの良い好々爺になったようなもので、悪食と言われるほど、どんな分野の音楽でも聴きます。

 先日、28年前に発売になった財津和夫さんの「青春の影」という歌を改めて聴きました。良いとは思いつつも、あえて私の周囲から遠ざけていた曲の一つですが、今は心から良い曲だと感ずることができます。このように昔とは違って、多くの音楽に対し、心のままに素直に接することができるのは嬉しいことです。しかし、あのロックへのこだわりの日々こそが、私の青春のまっただ中だったのかも知れないとも感じ、こだわりの失せた自分に対し一抹の寂しさを覚えています。

「北海道から、在京OBの皆様への手紙」
(北海道大学東京同窓会会報「FRONTIER」 第20号 2002(平成14)年4月1日)

東京同窓会の皆様、こんにちは。東京での仕事、暮らしはいかがでしょうか。そちらには北大での環境とは全く違った世界があるのでしょうね。

 ところで、大学には、真理を探究することを大前提にしつつ、「教育・研究・社会へ貢献する」などの役割があります。その真理の探究は唯我独尊的であってはならず、様々な分野との連携が不可欠です。少子化の進展や経済活動の衰退など、日本の社会構造の大きな変化が不可避となった今の時期は、あらゆる取り組みを通した知恵が必要です。特に大学とそれ以外の社会との連携は極めて意義のあることだと思います。この連携が、大学とそれ以外の社会、それぞれの課題を解決するとともに、それぞれの資産を生かし育てる鍵になると、私は思っています。こうしたことを前提にして、今の大学、特に北大にについて思うことを書き連ねて見ます。

1.入試科目は多くてもよい

いつの時代からか分かりませんが、国立大学の入試科目数も少なくなったようです。これは受験戦争の激化によってゆとりを失った子供たちに対する配慮なのかもしれません。しかし、ゆとりと学力低下、楽に物事に対処できることは違います。入試科目数の減は、弊害の方が多い印象があります。文系には数学、物理的思考が、理系には国語などが必要なのです。

2.教養課程は大切

学生にとって北大の大きな魅力の一つは教養課程の存在でした。この一見無駄ともいえるこのモラトリアムな時期の存在が、後の人生の中で大変大きな意味を持っていたと実感しています。是非とも教養課程の復活を望みたいものです。

3. 教育と研究の戦略

大学の役割には多面性がありますが、教育と研究が必ずしも両立しないことがあります。しかし、このどちらも重要なものであり、この両立に向けた戦略を持つ必要があります。

4.大学生の社会性

北大の学生には、古き良きバンカラな雰囲気があるといいます。これは大変すばらしいことなのですが、現在の大学の果たす役割を思うとき、もっと大学以外の社会を意識した行動が必要だと感じます。大学生を(ちょっと背伸びをさせて)大人扱いするということが必要だと思います。

5.大学とその他の社会の流動性

今後の日本の社会を救う大きな鍵は、大学とその他の社会の連携をいかに構築するかだと思っています。大学というものを単に学生や研究者だけのものとせず、その機能をもっと柔軟に利活用する仕組みづくりが大切です。

6.大学院重点化だけでよいのか

大学の大学院重点化が推進されています。これを否定するつもりはありませんが、真に知の力をつけるためには基礎体力が必要です。大学院重点化で、頭でっかちな発展の余地の少ない人材が育ちはしないか心配です。

7.大学広報の重要性

大学の広報は極めて重要です。大学が変化するためにはその実態を多くの人々に知ってもらうことが肝心です。また大学以外の社会との連携のために、総合的な窓口を作ることも検討されるべきことと思います。

8.OBの活用

大学が、大学以外の社会と連携する一つの突破口は、OBの活用です。研究の世界に身を置くものだけではなく、実務家も登用した講座などがあっても良いとすら思います。また国立大学といえども資金的にも、日常的にOBなどが支援できる仕組みがあってもよいのではないかと思います。

9.インターンシップ制

ニセコ町では数年前から、年間に数名の大学生を受け入れる、インターンシップ制度を実施しています。これは、学生と我々の双方に大変大きなプラス効果があります。

10. 研究のフィールドは、あらゆる場面

研究のフィールドに対する既成概念を取り払うことが重要です。最近、この点は随分と変化してきたと感じ、良い傾向だと思っています。特に日本の社会の弱点は、制度や仕組みを柔軟に組み上げ、しっかりと活用することがあまり上手ではないところだと感じます。これらを乗り越えて行くためにも、理科系は当然なのですが、特に社会科学分野の研究フィールドの広がりに期待したいと思います。

今の北海道は元気がないと言われています。そのことに対して色々と、アドバイスを頂くことも多々あります。しかし中には、傍観者的なものが無いわけではなく、(せっかく助言してもらったのに)時には憤りすら感ずることもあります。北海道に住むものの一人として、在京のOBの皆様方には、ぜひ具体的な提言や活動をして頂けたらとても嬉しく思います。特に社会からのアプローチによって、北大を変えるという活動は重要です。その効果は、北海道だけに留まらず、日本全体を変える原動力になります。思いつくままに(紙面の都合であまり詳しくはありませんが、)今の大学への雑感を書き連ねました。この中からOBの皆さんが、なんらかのヒント得て、具体的な取り組みにつながることがあれば幸いです。北海道に暮らす私は、私なりに北大との係りを考えてみます。

それでは在京OBの皆様、お元気でお過ごしください。失礼します。

「住民参加の地域戦略」
(財団法人えびめ地域政策研究 調査研究情報誌「ECPR」Winter2002 No.5 2002(平成14)年2月)

1.自治における住民と行政の危うい関係

・住民の依存体質や行政不信、行政の住民不信

私は、大学を卒業してからすぐニセコ町役場に就職し、11年余り役場の事務職員として仕事をしました。その間に、役場というものの存在は随分と危ういものだと感じておりました。たとえば、役場は住民にあまり信用されていない。また、逆に役場の側も住民のことをそれほど信用していない雰囲気があり、お互いの間に不信感があるわけです。お互いに不信感があるにも関わらず、住民の側には何か困ったこと、トラブルが起きると、すぐに行政に何らかの措置を求める傾向があるようです。つまり行政に対していろいろと批判はするけれども、反面、行政任せにしがちな依存体質があるようです。

・自治の本質は、「責任を持って自ら考え行動する」こと

自治は、本来、自分たちの地域のことを自分たちが責任を持って、自ら考えて行動していくということです。しかし現実は、全ての問題について、全ての住民が直接に関わって対処するこということはできませんし、それは当然のことです。そこで、自治をうまく推し進めるための様々な仕組み(議会、首長、役所職員、税・財政制度、コミュニティなど・・・・)が用意されているのです。しかし、この様々な仕組みと、本来自治が果たすべきことや機能との間には、乖離があるように私は感じておりました。

・社会経済構造の変化の中で、真の自治が機能することが必要

戦後50年以上が経過し、現在日本の社会は、大きな変化のときを迎えています。少子化による人口減、経済成長の鈍化と財政難など、かつて我々が体験したことのない社会の大変革が起こり始めています。戦後、我々は新たな自治の仕組みを手にしました。しかし、終戦直後の復興期から高度経済成長期を経てバブル経済に至るまで、必ずしも真の自治は機能しなくとも良かったとも言えます。つまり、目指すべき社会の姿が明確であり多くの国民もその価値に同調していたために、異質の価値をぶつけ合って自ら考えることが不要だったのです。また経済、財政の規模拡大が前提となった社会であったため、多少の異なった考えがあったとしても、多様な意向をあれもこれも実現できたのです。

しかし20世紀の後半になって、人口減と経済成長の鈍化がもたらす社会構造の変化の中では、真の自治が機能しなければ、地域の様々な課題の解決が難しくなってきたわけです。つまり多様な価値観の中から、税で実現すべき公共性について、個々人が責任をもって徹底的に議論し、どんな経過である一定の結論にたどり着いたかを、多くの人が共有できる仕組みなしには、満足の行く地域での生活は実現しなくなったのです。戦後50年近くが経過して、今になってはじめて本当の意味での民主的な自治が実現すること、これが必要になっているわけです。

そこで現在、我々が手にしている「自治の仕組み」と「自治の本質」との乖離を埋め、生き生きとした自治を実現させることが,大きな課題となっているのです。

2. 自治の原動力は情報

・これまでの自治はメニューのないレストラン

戦後から20世紀後半までの日本の自治は、メニューのないレストランにたとえることができます。自分たち自らが議論して選択し、責任を持って行動するという自治本来の動きが、必ずしも必要ではありませんでした。そのレストランの調理人の能力や食材のことを考慮することもなく、自分の意のままに食べ物を要求すると料理が提供されていたのがこれまでの自治でした。そこには、レストランの実態がどうなっているか、将来の経営はどうなるというような、責任は全く存在していません。また、経営者の側も、顧客の要望がある程度一定していることに加えて、経営状態も拡大基調で順調だったため、提供可能な料理や経営の内幕までの様々な情報を提供する必要がなかったのです。

しかし、近年になって顧客の要望が多様化するとともに、経営状況にも悪化が見られるようになります。こうした中でレストランの限られた資源(調理人の力量、経営のための資金力など)だけでは、当然、多様化する顧客の声に応えることはできません。メニューを見せないで顧客の要望だけを聞き続けることで、レストランが本来持っている能力とかけ離れた状況が生まれ、経営者も顧客も不満が募る一方なのです。

・自治の本質実現の原動力は「情報」

経営者も顧客も満足できるレストランを実現するためには、経営者は自分の能力に見合ったメニューを提示することが必要です。また単に、経営者が自己の能力の範囲で一方的にメニューを作成しても、それが顧客の支持を得ることができるかどうかは分かりません。自己の経営の状況を考慮しながら顧客の声を伺うなどの市場調査は不可欠です。顧客の側も、レストランの経営実態を把握せずに単に要求ばかりを続けるというような無責任なことはできなくなります。限られた経営資源の中で、真に必要な料理とは何かを十分に吟味する必要が生まれているのです。

同じことは地域づくり、自治の現場についても当てはまります。責任を持ってものごとが判断できる情報の存在が不可欠なのです。役場での事務職員としての経験から、住民と役場との間には危うい関係があることを述べましたが、その最大の原因は、情報不足、もっと具体的なイメージとしてはコミュニケーション不足なのです。情報公開という言葉がありますが、要求に応じて情報を出すか、出さないかという情報公開は大切なことですが、そもそも基本的に当たり前の感覚でコミュニケーションをするというようなことが、あまりなかったわけです。

こうしたコミュニケーションを通してものごとを適正に判断できるための情報を持つことが、自治の本質実現の第一歩だと言えます。つまり自治を推し進める原動力は情報であり、情報のやりとりによるコミュニケーションが不可欠です。アメリカには「情報は自治の通貨である」という言葉があるようですが、自治の世界の情報について、似たような概念があるのだと感じています。

3.参加

・住民が主体(情報共有と参加は当然)

地域をつくる主体は住民でありますから、種々の地域づくりの場面に住民が参加できるのは当然のことです。また、自分たちの地域について誇りを持つという観点からいっても、地域に住んでいる皆さんが主体的にかかわる分野が、少しでもたくさんあることが重要です。参加することによって、地域のへの愛着が醸成されるのです。

情報は自治の原動力だと言いましたが、単に問題意識を持つという意味で情報が重要であるばかりではなく、自治の主体である住民が自主的に行動するという点からも情報の存在は、当然のことと言えます。たとえば情報を与えないで意見を聞くなどということは、これはおかしいことであり、情報と参加(住民の主体的、自主的活動)というものとは、まさに表裏一体のものなのです。

地域づくりとは、あらゆる分野において住民とともに、行政や議会も一緒になった継続した学習の繰り返しなのだと思います。課題を発見し、ともに悩む、考える、そして行動していくことが地域づくりなのだろうと考えます。

4.ニセコ町の取り組み事例

・当たり前の感覚で当たり前に実行できるか、専門性と分かりやすさ素人の視点の重要性

コミュニケーションと情報共有、参加、これらが渾然一体となって自治の本質の実現を図ることが、これがニセコ町のまちづくりの基本原則です。これら実現するためには、あまり特殊な難しいことは必要ないと考えております。重要なのは、しごく当たり前のある種、稚拙とも言えるストレートなやり方です。専門家どうしが話して理解できるようなことではなく、素人の目線でいかにうまくコミュニケーションを行うことができるかが鍵です。住民自らが主体的に、責任を持って考え行動するという自治の本質を、住民の目線で実現するためには、これがとても大事なのだと考えています。情報共有と参加などを軸とするニセコ町取り組み事例の一部を、以下に紹介します。

1)まちづくり町民講座

まちづくり町民講座は、役場の担当課長が講師になって、町民に自分が担当している分野の現状や課題をお知らせし、町民とともにその問題について議論するものです。これは、ただ単なる町の政策PRの場ではなく、財政担当の課長の場合は、「町の借金や貯金の残高」、「歳入やその使途」、「他町村と比較した財政状況」など、行政にとっては嫌と思われることも専門用語を避けてなるべく分かりやすく説明します。福祉担当の課長の場合は、福祉の給付事業などを説明するだけではなく、高齢者や障害者の現況、少子化の進行状況、他町村と比較した福祉の現況を説明し、課題も提示します。

これまでは役所の側からの説明と言えば、何か事業を行うとか、工事を実施するなど具体的に何かを説明する必要に迫られて実施するケースが、ほとんどと言って良いと思います。この講座では、あえて町民から聞かれなければ説明しなかったような事項、しかし町のことを考えるためには重要な情報をお知らせすることに意味があります。講座の前半では、講師役の課長が町の課題は何かを課長なりに話し、後半は、参加者の皆さんと、その課題について意見交換、議論します。こうして町の実態や現状について、少しでも町民の皆さんに理解を深めてもらうのがねらいです。参加者のみなさんと、役所職員がともに学習をする講座とも言えます。つまり簡単に言うと、今まであまり町民には知らされていなかった役所の仕事のことをお知らせし、町の将来に向かっての課題を町民の皆さんとともに考える場とするのが、この講座の一つの目的です。

二つ目の目的は、職員研修の場となっていることです。講師役の課長などが人前で、自分の担当している仕事をまとめて、自分の言葉で話すこと。まとめる力や表現力、町民と円滑に対話する姿勢を養うなどの研修という目的が含まれています。実は、直接町民の皆さんと対話することが、役所の職員の不得意なこと、嫌なことのひとつです。しかし、役所は町民のために仕事をするところであり、職員は町民に雇われているわけですから、町民と直接話をするのが不得意では困ります。そこで、このような場面でそのトレーニングをする意図があるのです。さらに、この対話の中から町民との協働の精神を養いたいというのが、三つ目の目的になっています。

2)もっと知りたい今年の仕事(予算の説明書)

自治体の予算は、地方自治法に定められた方法・様式によって予算書として作成され議会で審議されます。しかし、この予算書を見ただけで、ニセコ町がその一年にどのような仕事をするのかを知ることは、必ずしも簡単ではありません。職員自身も自分の担当箇所の仕事は分かりますが、よその課係の仕事は予算書にいろいろ記述してあっても、詳細までは理解できないのが現実です。職員ですらこうした状況であり、町民の皆さんが予算書を見ただけで一年間のお金の使い道を理解するのは難しいことなのです。

財政難、価値が多様化する時代の中で、町のお金の使い道を町民に説明することは、町の責務のひとつです。しかし、その説明をするための、基本とも言える予算書が前述したような状況ですから、従前の予算書だけでは説明責任を果たすことはできません。そこでニセコ町では、予算の内容を少しでも分かりやすく説明する冊子「もっと知りたい今年の仕事」を年度当初に作成し、全世帯に配布しています。これは町長の政策PR的な性格のものではありません。つまり、その年の目玉事業や主要施策だけを書いてあるものではなく、行政にとって都合の良いことも、悪いことも記載してあります。たとえば、町の借金や貯金の額、町長や職員の給与の状況、他町村との比較なども掲載しているのです。

この説明書の主な内容は次のとおりです。

・光熱水費などの予算費目ごとではなく、事業別に図表なども使いながら予算の使い道を説明する
・予算の年ごとの推移
・支出と収入の内訳など
・他町村と比較した税収
・町の借金や貯金の状況と他町村との比較
・町の借金の詳細と実施事業
・他町村との財政状況などの比較
・特別職や職員の給与の状況
・箱物施設の維持管理費と収入
・町の補助金の支出先と金額の全リスト
・町の負担金などの支出先と金額一万円以上の全リスト
・町の委託事業の全リスト
・町の工事などの全リスト
・その他社会基盤整備の状況と他町村との比較

こうした情報を提供することで、町民に予算に対する関心や厳しい目を持ってもらうことが重要です。

3)町民総合窓口課

住民の皆さんとの広報広聴のチャンネルをたくさん持つことが重要ですが、反面、「たらい回し」という言葉に少々される悪弊が役所には存在します。つまり住民が何か課題を抱えて役所の窓口に来ても、担当が違うということで、色々な部署を回され、結局は問題の解決にならないような場面です。また住民の抱える課題は、役所の縦割りの部署の一箇所だけで解決のつく問題ばかりではありません。最初は住宅の相談だと思ったのだが、最終的には福祉の問題にも波及したなどというのはよくある例です。こうした場合も、部署間のたらい回しにあって、住民が役所の縦割り組織の狭間で右往左往することがあります。こうした問題を解消するためニセコ町では町民総合窓口課を設けました。住民の抱えている課題の課の帰属が不明な場合は、全てこの課で問題を受け付けます。受け付けた後に、役所内部で問題の帰属を協議し、責任の所在を明確化します。これによって、課題を抱えている町民をたらい回しして責任を回避することを少なくすることができます。

4.事業の検討会議

何か大きな事業をやる場合に、自由に町民に集まってもらいその事業の内容の検討をするというのが「事業の検討会議」です。もちろん色々な政策案を策定するときには、審議会や検討委員を募って検討しております。この事業の検討会議は、それらとは全く別に、どなたでも参加できる自由な会議です。これまでの行政への住民参加は、あらかじめ結果が決まっているものに対する「アリバイ作りだ」などの批判がありました。そこで委員などを事前に指名しないで、自由に公開の場で意見を述べてもらおう、議論してもらおうというのが、この会議の設置目的です。しかし、フリーに集まるということは大変な冒険です。どんな方が集まってどんな意見が出されるのか、皆目検討がつかないのですから種々の不安がありますが、これまでにいくつかの事業について実施しております。

5.実践への批判、そして参加の「限界と当然」

・ 情報共有と参加への批判

前項で述べた以外にもニセコ町では、情報の共有化と参加に対する色々な実践活動を行っていました。ところが、こういう作業を何度も何度もやっていくうちに、ある種の壁を感ずようになりました。たとえば役場の側では、実践のよりどころや一貫性がないというような思いを持つようになってきたのです。つまり場当たり的にただ何となくやっている、実施に恣意性があるのではという疑問を役場の職員が感ずるようになってきたのです。また住民の皆さんにも、行政にとって都合のいいところだけ参加を許されている、都合の良いところだけ大きく知らされているではないかなどという、漠然とした不安感みたいなものが出てきたのです。

さらに住民の側からは、参加の仕組みがたくさんあればあるほど時間がかかって面倒だとか、日常の生活を考えたらそんなにチャンネルを用意されたって、忙しくて参加なんかできないという声も上がってきたのです。さらに私に対する批判も相当ありました。町長が自分で物事を判断できないから、参加によって住民にその判断を任せ、責任回避をしているなどとの批判です。

・ 参加の限界と当然

情報を共有し、住民が参加できる機会を増やしながら地域をつくっていくということは大事なことなのですが、これらの批判を総合的に考えて見ると、参加には限界があるということに気がつきます。つまり個人には個々人の生活や仕事があり、多くの人が同じように参加の機会を利用できるとは限りません。また地域の課題に対する関心度合いや、その課題から受ける影響にも個人差があり、みんなが等しく参加するということは土台無理なのです。これは参加というものの限界とも感ずるわけです。もちろんこの限界があるから参加というものは駄目だと言っているのではありません。個々人の日常のあり方を虚心坦懐に考えてみたら、その限界は当然のことであり、悪いことではありません。

もっと卑近な言い方をすると、将来に向かって地域の課題を論ずるより、今日をどう生きるか、どう食うかということが基本になるわけです。そこでいくら地域の重要な課題を議論するから参加すべきと言われても、その人に直接、しかもすぐに不利益をもたらすような課題ではなかった場合、一日の仕事で疲れ切っているから参加したくないということは、怠けているわけでも、悪いことでもないわけです。これは責められるべきことではなく、ある種当然のことなのです。

6. 参加とは何か

参加について少し考えてみます。議会での議論を間接民主主義と呼ぶならば、参加は直接民主主義的な手法とイメージされます。しかし間接民主主義だからといって、完全に選挙で選出された代表だけで議論して、ものごとを決めるということは皆無だと言えます。ほとんどの場面で、地域の皆さんの意見を考慮して、代表が議論しているのです。この地域の皆さんの意見を考慮する手法には、様々なものがありその適切さについては、そうとうな配慮が必要なのですが、いずれにしても住民の代表の議論になんらかの形で関与すること、こうしたことも参加の一形態です。また選挙で投票すること、議会傍聴に行くことも参加と言えます。形式の上からも参加は様々な側面を持っており、単純に間接的だとか、直接的手法だとかを割り切るのは簡単ではないと感じます。実は、私たちが地域をつくるためには、色々な手法が混在化しているのが実態なのです。

さらに参加の手法を多用することが首長の責任放棄だと私が批判されたように、参加とは判断を住民に委ねることだけなのでしょうか。参加とは、判断を住民任せにすることや、多数決で決定することではないのです。ものごとを判断し実行する過程を地域に住むみなさんが共有すること、共有できることが参加の本質だと私は考えています。この過程を共有することの中で、場合によっては多数意見で物事が決まることもあります。参加と言えば、一般的には多数決のようなことがイメージされますが、これは参加の一側面であって全てではありません。

民主主義とはある種の合議活動です。つまり何らかの価値に沿って個々人の活動が規制、統制されると言うものではありません。特定の人の言いなりになって、(公共性を損なったり、個人の権利などを侵害したりしない限り)個人の自由が阻害されることはないわけです。つまり多様な価値を認めることが民主主義のスタートといえるのです。その多様な価値の中から、ある一定の方向に導いて行く作業が合議性なのです。参加とは、この合議の作業の過程を共有することです。必ずしも単に意見を聞いて声の多いほうに決める作業ではありません。

住民が直接、色々な課題を議論しても結論が出ないこともあります。また議論の結果が、首長の真意と異なることもあります。しかし、こうした様々な参加の過程や結果を踏まえてその結果の通りに決定するか、別の判断をするかは、首長であり、議会なのです。議会は自治体の議事機関であり、首長には権限があります。参加によって住民が判断したと一見思われることであっても、それを覆す権能権限を持っている議会や首長が、自治体の意思決定の直接的な最終責任を負うのは、当然のことです。住民が主体的に参加をして物事を議論して、ある一定の結論にたどり着いたとしても、それを覆す権限を持っている首長や議会は責任を逃れることはできないのです。つまり直接参加的手法でものごと決まったとしても、それは首長や議会のお任せにはならないのです。

地域づくりの現場では、議会や首長などの代表による間接的な意思決定と住民参加などによる間接的な手法が混在化しているのが実態です。参加とは直接的に意思を決定することだけを言うのではなく、こうした混在化している全体像を知り、その過程に関与でき、その結果に不満ならさらに次の策を打つことができることと言うこともできます。

現在の自治は、間接民主主義が原則なのだから、あまり直接に住民の意見を聞くことは、間接民主主義の否定につながるという意見も聞きます。しかし、民主主義が合議性であるということを考えると、過程に関与できる権利を保障すると言う意味の参加は不可欠なのです。

7.参加の阻害要因

前章では多少回りくどい議論を展開しましたが、ここでは参加を阻害する要因を考えてみます。

参加といえば、(例えが悪いのですが)小学校の学級会的なものを思い浮かべる方も多いと思います。しかし、前述したとおり参加には多面的な要素があります。諸外国の例についてあまり詳しくはありませんが、今の日本は参加という手法の黎明期とも言えます。そのため、参加のための技術、技法開発が必ずしも十分ではないと感じています。参加の具体的な方法は、討論のやり方は、意見が対立した場合の対応は・・・など、参加についての技法が十分ではないことが参加を阻害する一つの要素になっているようです。

また役所の職員は、本来、住民のために何とか良い方向にものごとを進めようとする姿勢を持っています。しかしこうした姿勢のあまり、最初から実現不能と思われるような事柄に対しては、及び腰の対応をしがちです。個々の職員は必ずといって良いほど過去に住民対応で何らかのトラブルの経験があります。こうした過去の住民対応上のまずさが、役所の職員の個々の心の傷(トラウマ)になって、住民との直接対話を避けようとする一要因になっています。これも参加を阻害することにつながります。

何かの事業を行うには、全てを自己財源で行うことは少なく、ほとんどが補助金などの財源を見込んでいます。しかしこうした財源確保には、そのためのスケジュールがあり、十分な話し合いの時間をかけられない場面が多々あります。同じように単年度予算主義、補正予算などにも、十分な時間をかけた参加とは拮抗する側面があります。またダイオキシン規制や家畜糞尿処理などのように、法律で規制発効の時限が決められている場合も、参加を阻害する要素になります。さらに「行政に何を言っても無駄だ」という住民のあきらめや、自分に都合の良いことしか言わないというエゴも、参加にとってはマイナスに作用する事となります。

8.ニセコ町まちづくり基本条例

・まちづくりの基本理念(情報共有と参加)を明確化し、その過程を透明化ルール化

前述したようなニセコ町のでの参加などに対する批判に応え、参加の課題(限界と当然)を克服するために制定されたのが、ニセコ町まちづくり基本条例(いわゆる自治、あるいは行政基本条例)です。

情報共有と参加という、ニセコ町のまちづくりの基本理念を明確すること。さらに公開や参加の具体的な仕組みや、それに伴う町民の責務や権利などを明文化することを目的とした条例です。この条例を整備することによって、役場の職員も住民も漠然と感じていた、場当たり的な実施や恣意性に対する不安が払拭されます。また、ある一定のルールと参加などの権利を定めることによって、参加に対する煩わしさが薄れ、自分にとって必要なときに参加しやすくなります。つまり地図を持たずに道の分からない森の中を彷徨うことは、たとえ良い目的のために行っていても不安でもあり、大変疲れます。そこで、基本条例という、少しでも道筋のついた森の地図を持つことによって、同じ森を歩くのでも、不安や疲労度合いも随分と変わってくるのではないかという思いなのです。(条文の説明は省略します。)

・小規模自治体の法的能力

 この基本条例は、他にあまり実践例がありませんでしたので、策定は結構な苦労がありました。特にニセコ町の人口規模は4,600人程度であり、職員規模からいっても、高度な法的能力の備わった職員ばかりではありません。条例の必要性を感じたのは、相当前のことだったと思います。私の頭の中には、漠然とした条例のイメージがありましたが、それを具体化していく作業は容易な道のりとは思えませんでした。職員の中に、こうした条例が必要であるという、私の考えを理解してくれるものもおりましたが、具体的にどうそれを実現してゆくかは、正直なところ闇の中での手探り状態だったのです

こうした小規模の自治体の法務能力の欠如を補ってくれたのが、研究者の皆さんや、全国の自治体職員のネットワークだったのです。今回のニセコ町の基本条例をつくるに当たって一番大きく貢献していただいたのは、九州大学の木佐茂男先生です。木佐先生が主宰する、研究者、一般市民、自治体職員など構成する研究会がベースになって、ニセコ程度の規模の自治体での基本条例をイメージしながら、原案づくりがスタートしました。この原案づくりの作業とニセコの現場での議論が撚り合わせられる形で、最終的な条例案ができあがったのですが、この外部のバックアップが大きな原動力になって、ニセコの法的能力の不足がカバーされたのです。こうしたニセコだけの目線ではない作業を通して、本当にいろんな知恵が入りましたし、具体的な条文の中には北海道大学の神原勝先生のアイデアなども大きく盛り込んだところもあります。

小規模な自治体には法務能力がないと言われますが、こうしたネットワークを利用すれば、解決する方法もあるのだという感じがしました。人的ネットワークによる知恵とITを活用した情報技術ネットワーク、この両方が重要でした。

・ 基本条例実現の鍵の一つは実践

ニセコでこの基本条例が実現できた背景の一つに、実践の存在があります。あらたに机上で仕組みを考えて条文化したものではなく、色々と批判もあった実践を一般する方向で条例を作っていますこの実践が無ければ、議論の過程で、そんな規定は無理だ、難しいと否定的な見解が多くなり、実現は難しかったのではないかと思います。ニセコ町の場合は、仕組みを新たに設けるための条例制定ではなく、実践してきたことに対して、条例という側面から裏打ちをすることを目指したのです。

・ 施行後半年が過ぎての変化

 これまでやってきたニセコ町の取り組みを法的に裏打ちするというのが、この条例を制定の目的の一つですから、実際の役場の仕事や住民の活動、行動が目に見えて変わったという面は、少ないと言ってよいかと思います。しかし、この条例の制定によって、町民の参加する権利が阻害され、または役場の側がすべき事をしなかったときには、根拠をもってその是正を要求することができるようになるわけです。つまり、いざというときには力を発揮すると思っております。

 また条例の制定、改廃のときに必ず住民の意見を聞き、その状況を添付して議会提案をする規定がありますが、これによって職員の意識が大きく変化したと感じます。つまり職員が常に、住民と議会を意識しながら条例の改廃、制定を行うようになったわけです。また日常の情報共有や参加の取り組みにより所ができ、仕事に一本の筋が通った印象も職員の中にはあるようです。

 逆に制定による悩みもあります。基本条例によって、仕事を進める上での迅速性や柔軟性が失われることです。

(この原稿は2001年11月24日に北海道大学で開催された日本自治学会での発言要旨をもとに再構築したものです。)

「農村サミットに参加して」
(農林統計協会「全国農村サミット2001」日大生物資源科学部編 2002(平成14)年2月)

1.行政の農業に対する認識や政策のレベルには物凄い格差がある
こうしたサミットに参加すると、(地域の産業構造にも由来するのは当然とも言えるが、それにしても)農業に対する行政の認識度合いに、随分と差が大きいことが良く分かる。また単に認識度合いの差が大きいばかりではなく、政策の質や内容にも相当の差が生まれていることがハッキリする。こうした差は、お互いが切磋琢磨する地域間競争とも言えるが、日本の全体の農業の底上げのためには、この差を埋め、質の高い取り組みから学び、政策の質を高めるための仕組みづくりも重要なことと思う。

2.科学的な農業経営が是非とも必要
農業者は、多面的な顔を持っている。例えば、農業という経済活動を担う「経営者」の顔。実際に農作業を行なうという「労働者」の顔。どんな作付けを行い、どう育てるかという「技術者・研究者」の顔など、農業者にはたくさんの側面があり、そのどれを欠いても経営はうまく進まない。しかし農業は、世襲的な性格が強いためか、経験や勘に頼る部分が多いのも事実だ。経験や勘を全て否定するつもりはないが、農業の多面的な側面を十分に全うするためには、経営への科学的視点の導入は不可欠だ。たとえばドンブリ勘定の経営収支計算を改め、会計原則に基づいた記帳を行うことなど、身近なところから徐々に科学的視点を導入する必要がある。

3. 国際競争の観点から農業をいかに守るべきか
日本の産業のほとんどが、国内の高コスト構造のため、国際競争力を失っている。農業もその例外ではないし、国際競争という点ではもっとも弱い産業とも言える。この問題をどう乗り越えるのかについて明確な決意がなければ、あらゆる農業政策は砂上の楼閣に成りかねないし、食料自給率の向上も難しいことだ。また農業者自身も、国際競争に影響を受けない隙間を縫うような、極めて不安定な販売戦略を常に強いられている。

この課題の解決のためには、日本の食糧を確保するという大きな目標を掲げ、国民全体のコンセンサスを前提とした保護の仕組みが不可欠だ。市場原理による自由競争だけでは日本の農業は死に絶えてしまう。

しかし、こうした実態を多くの国民が理解しているとは言い難いのも事実だ。そのためには、第三者へ、こうした実態が説明できる農業経営が必要だ。つまり農業実態のディスクロージャーである。これは、マクロ的視点で日本農業の実態を明らかにするだけではなく、地域コミュニティの中でも第三者が農業経営の実態が把握できるようにすることが肝心だ。そうしなければ国民全体のコンセンサスを前提とした保護政策への理解は難しいものと思う。

4.全国のJA組織にも差がある、また体質改善は必至
全国のJAの考え方、対応にもずいぶんと差があるが、とにかく組織防衛の論理を捨て、農業者の視点に立脚した体質に変化させる必要がある。

5.農業への新規参入方式
世襲制の強い農業であるが、後継者難と言われて久しい。しかし近年は、農業への新規参入を望む人が少なくないのも事実だ。ところがこうした新規参入は、必ずしも簡単ではない。それは、農業が相当な初期投資と技術がなければ起業できない産業であることが理由の一つとなっている。しかも、そのことによる新規参入難は当然のこととも言える。

しかし、最近の新規参入者は、専業的な農業者になりたい人ばかりではない。小規模な耕作をベースにしながら、農村での日常生活を満喫するという、農業者ではない農的暮らしを実現したいという新規参入希望者も多い。こうした幅広い価値を持った新規参入希望者が、農業の担い手としてどの程度の有効に機能するのか未知数の部分も多い。しかし、こうした新規参入者も農業の重要な担い手の一つとして積極的にとらえる必要を感ずる。つまり、こうした参入希望者をも、農業の担い手の一形態として積極的に捕らえなければ、農業人口のこれ以上の広がりを得ることは難しいのではと感ずる。

そのためには、農地所有方式の見直し、法人経営農業の促進なども重要なことと思われる。

6.農地保全のための土地利用政策が必要
日本の土地利用計画は、都市部、農村部を問わず、あまり十分に機能しているとは言い難い。たとえば土地を、経済の浮沈を左右する、商品財として捉える側面が強いため、景気が落ち込むと土地利用規制を緩和して、土地取引を活性化させる方策が取られる。もちろん土地は商取引対象の商品という側面を持っていることは事実だ。しかし、農業にとって土地は、商取引対象の価値を持った単なる商品ではない。生産の根幹を支えるインフラであり、そのインフラが経済情勢の浮沈によって、取引の対象となることは農業経営を衰退させることにつながる。そこで優良農地を確保、保全できる土地利用の仕組みづくりが急務となっている。

「文体の力」
(北海道面)コラム「ポプラ並木」 2002(平成14)年3月15日)
 最近の日本は、大変革の時代と言われています。政治、行政、財政、経済、金融、社会保障、教育、環境、食料、外交など、指を折り始めると変革の必要な分野はキリがありません。十数年前まで「日の沈まない国」などと言われていた日本が嘘のようです。

 こうした時代ですから当然なのかもしれませんが、時代を分析し、現状を批判し、提言する文章を数多く目にします。その言葉の多くは、説得口調、悪く言うと説教口調の感じがします。もちろん中には、言いよどみ、考えあぐねている文章もあります。しかし、多くのものは勢いの良い感じです。文体で言うと「だ・である」調です。

 しかし、この「だ・である」が結構な曲者です。変化の時代に多くの人が、今後の進むべき道、より所を探しています。ところがこの文体には、言いたいことの真偽や妥当性を度外視して、相手を引き込んでしまう強引さがありそうです。同じ事を書いても文末で印象がガラリと変わるのです。

 私も日ごろは、この「だ・である」を多用しているのですが、このコラムでは、日ごろの強引さを反省する意味で、あえて慣れない「です・ます」調に挑戦しています。ところが最近、「です・ます」調には、内容の厳しさを包みこんでしまう魔力があることに気がつきました。ですから「です・ます」調で、相手を信じ込ませる文章には、これまた注意が必要なのだと思っています。

文章とは、つくづく難しいものです。

どんなものだったのか 〜高山名誉館長を追悼する〜
(平成13年有島記念館紀要「高山亮二追悼特集」 2002(平成14)年3月)




高く青い空は、悲しい

草いきれの残る夏の夜

蛙の合唱、違う世界のことを思い出す

冬の午後、羊蹄から吹き降ろす風雪

雪のはらで、人生を終えようか