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記事・資料 2005年1月〜12月

新聞や雑誌などへの寄稿を掲載しています。

「ささやかな至福」(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年12月26日)
「アメリアさん」(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年11月27日)
「不動如山」(もう一つの日本を考える会HP掲載 2003(平成15)年11月23日)
「三位一体改革に異議あり」(文藝春秋社「日本の論点2004」 2003(平成15)年11月20日)
「自治の抜け落ちた国政論議は砂上の楼閣だ」(週刊JIメールニュース 120 2003(平成15)年10月31日)
「ラジオ」(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年10月)
「当たり前に」(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年9月)
「子どもの旅」(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年8月27日)
「畳の世界」(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年7月30日)
「微量成分の恐怖」(日本加除法令出版「住民行政の窓」2003(平成15)年8月号)
「魅力的な観光地の形成には独自の物語づくりが必須要件」(「週刊東洋経済」 2003(平成15)年7月19日第5837号)
「地方自治の現場に決定権を」(「週刊東洋経済」 2003(平成15)年6月21日第5831号)
「湯布院ショック」(「ゆふいん観光新聞」 2003(平成15)年1月1日号 31)
「これだけはいいたい!」(ぎょうせい「ガバナンス」 2003(平成15)年1月第21号)
「「地方からの反乱」で構造改革の本質に迫る」(「週刊東洋経済」 2003(平成15)年1月4日第5799号)


「ささやかな至福」
(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年12月26日)

私は、人に体を触られるのが、あまり好きではありません。過敏なのでしょうか。背中などを触られると、くすぐったいような嫌な感覚が走り、思わず肩をすくめてしまいます。

最悪は聴診器です。ビクッと反射的に体が動き「ちゃんと診断ができない」と、かかりつけの医師にずいぶんと叱られたものです。そんな私ですから、人にマッサージをしてもらうなんて論外のことです。もちろん昔は、肩凝りなんて感覚があまりなかったのも事実でした。

ニセコ周辺は、国内でも有数の温泉の宝庫です。勤務時間終了後も、隣の家に遊びに行くような気分で、気軽に温泉に行けます。硫黄、鉄、単純泉など、泉質もいろいろです。20年前、大学卒業後、ニセコに戻る決断をしたときも、温泉のことが頭をよぎりました。「ニセコなら温泉に行ける」と。

最近、この温泉に浸かったあとに、椅子型のマッサージ機に座るのが楽しみになっています。百円玉一枚で五分程度、首から背中、そして腰のあたりまでが、機械で刺激されます。嫌だったはずのマッサージですが、今では病みつきです。マッサージの最中に気持ちがよくなって、眠ってしまうこともあります。

温泉と百円のマッサージ、ささやかなことですが、私にとっては至福の時間です。

「アメリアさん」
(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年11月27日)

ニューヨーク近代美術館で、長く美術教育にたずさわっていたアメリア・アレナスさんの授業が、ニセコ小学校で行われました。彼女の授業は世界的にも評価が高く、休暇で立ち寄ったニセコで、縁があって急きょ、実現しました。

しかし、その授業は、拍子抜けするほど単純なものでした。美術作品のスライドを見せて、子どもたちに意見を聞き、意見交換をする程度のことです。多分、実践してみろと言われたら、素人の私にも今すぐにもできるような感じです。ところが、その授業には、もののとらえ方、発表の仕方、違いを知ることなど、多様なことが盛り込まれ、単なる美術鑑賞教育ではないことが実感されます。

授業終了後、話を伺うと、彼女は、美術作品や美術史に関する知識に加え、人間の思考について、あふれ出るほどの膨大な知識を持っているのです。9歳から13歳までの子どもの思考の変遷や猿人から人への変化について、深い理論背景を持っています。だからこそ、美術鑑賞授業が、多面的なもののとらえ方や議論の仕方などを学ぶ場になり、絵とは何かまでを問う場になりうるのだと思います。

本物になるためには、基礎理論、概念の構築が必須であることを再認識した、アメリアさんとの貴重な出会いでした。

「不動如山」
(もうひとつの日本を考える会HP掲載(http://murao-n.net/) 2003(平成15)年11月23日)

20数年前、私は、公務員とは係わりたくないし、一生、私が避けて通るべき職業の皆さんだと思っていました。多少、接点を持つとすれば、引越しをした場合や、何かの届け出に戸籍が必要なときなど、ごく限られた場面だけにしたい。

私が公務員を避けたいと思っていた理由は、彼らの態度が杓子定規で厳しそうだし、場合によっては世間の常識とは乖離した理不尽なことも言いそうに感じていたからです。しかも、その仕事は創造性に欠け、仕事振りも楽しそうには見えませんでした。中には、エネルギッシュに働いている人もいるようでしたが、そういった人の多くが強権的な雰囲気で、私には好きになれないタイプの人たちでした。

 そんな私ですが、人生とは自分の思うに任せないもので、自分の生まれた町「ニセコ」の役場職員、つまり自分が避けようとしていた公務員になってしまったのです。ニセコは人口が4,600人程度の小さな町ですが、公務員の雰囲気は全国共通です。実際に職についてみると、私が想像していた以上に、私が考えるところの公務員の嫌さが鼻につき辟易しました。しかし、私自身には役所を取り巻く各分野のこと(例えば法律とか、社会とか、民主主義とか、市民活動とか、権利や義務などさまざまなこと)についてまったく知識がなく、能力不足の状態だったのも事実です。そこで、いずれは公務員を辞さなければと思いつつも、その世界の勉強を少しずつ始めましたが、学べば学ぶほど、教科書の教えが空疎に思え、悶々とした日々を送っていました。

 ところが、竹下内閣のときの「ふるさと創成1億円事業」と黒澤明の映画「生きる」が私の人生を変えたのです。(このことについては、他の多くの場面で、私が直接話したり、書いたりしていますので、今回は省略しますが、)それ以来、「真の自治の復活」や「お任せ民主主義のからの脱却」が日本の将来にとって極めて重要だと強く感じるようになりました。

 平成元年、私は町の企画担当係長になりました。その頃、日本社会はバブル経済の真っただ中にあり、リゾート開発、土地価格の高騰など、あり余るお金に浮かれ騒いでいました。地方も国も、本来、税金で行うべき仕事であるか否かの、充分な吟味もせずに、特色を生かした地域づくりと称して、豪華だけれども底の浅い陳腐な事業が、全国に溢れかえっていました。そんな状況を私は「何が地域の特色だ。あれは霞ヶ関が勝手にそう思っているだけで、滑稽な金の無駄遣いでしかない」と批判的に見ていました。私はその異常なお祭騒ぎの先に到来するであろう社会のことを考えていました。

 日本の産業の空洞化などを思うと、日本経済の成長を維持することは容易ではないはずでした。経済のことをほとんど知らない私でしたが、こんな状態は長くは続かないだろうとの漠然とした予感がありました。そんな未来が来るのに、浮かれ騒いでいてよいのだろうか。特に役所は、ばら撒き放題に市民や団体にばら撒いて、依存体質にどっぷり浸かった国民が溢れている。こんな日本で、本当の自治や民主主義が機能するだろかと考えていたのです。

 結局、ほとばしり出る危機感にまかせて、後先も考えず、無謀にも町長になる決断をしたのです。結果的に、多くの人たちのご支援を得て、本当に運良く町長を担わせていただくことになったのですが、それ以来、私の目標は、「責任を持って自ら考え行動する町をつくること」でした。つまり、生き生きとした自治を基盤としたお任せ民主主義から脱却することが、私が嫌っていた公務員や公共的な社会を改善する鍵であり、それこそが日本に必要だと思ったのです。

 そのためには、(今の日本でこそ当たり前のことになりましたが、)情報の共有と参加が不可欠であり、その仕組みを構築するために、随分もがいてきました。町長就任以来、10年目に入り、それら悪戦苦闘の一里塚である「まちづくり基本条例」も世に問うことができ、一定の成果があったものと、多少は感じないわけでもありません。役場に対して苦情を言い続けていた町民も、町民を見ては無責任だと見下していた職員も、いずれの存在も幅を利かせることが少なくなり、一緒になって町の将来を考える姿が散見されるようになったのは嬉しいことです。

 私は、「情報は自治の原動力だ」との基本的考え方を持ち、情報の無いところには健全な自治は育たないことを痛感しています。そして健全な自治の存在が、真の民主主義の基礎になります。しかし、いくらそのことを、手を替え、品を替えて説き、実践しても、一向に反応しない町民が多いのも事実ですし、何の目的も持たず漫然と時を過ごす公務員の存在があるのも事実です。したがって、ニセコの自治は(当然なのですが)未だに本物ではなく、まだまだ緒に就いたばかりで、何かトラブルがあると一気に振り子が向こう側に、大きく振れてしまいかねない危うい側面を持っています。しかし、挑戦し続けなければ、何事も始まりません。微力ではありますが、生き生きとした自治の実現に向かって取り組みを続けています。今、地方分権が叫ばれ、本当の意味で個性を生かした地域づくりをすることや、自立した市民が育つことが日本の民主主義を強くすることだとの風が吹き始めたことには、今昔の感があります。

 しかし、数多くの議論、幾多のチャレンジにも係わらず、分権がまったく進んでいないとの実感があります。もちろん幾つか分権が進んだように見える分野もあると力説する関係者もいるでしょうが、それは真の分権から見れば、取るに足らないことをアリバイ作りのように実施したに過ぎず、性根は中央集権的体質にどっぷりと浸かっているように見えます。

 2003年11月9日、第43回衆議院総選挙が行なわれました。マニフェストだ、政権交代だと、今までとは違った種類の騒がしさのあった選挙でしたが、結局、蓋を開けてみれば、史上2番目の低投票率です。少子化や、経済の失速、日本社会の価値の大変質など、国民が今ほど真剣に日本の将来を考えなければならないときはないはずなのに、このていたらくには無力感が募るばかりです。テレビで流れる街頭での市民へのインタビューでは、ガックリと肩を落さざるを得ない選挙への受け応えが続きます。

 さらに、近年の構造改革ブームは最悪です。本質や基礎になる概念が、まったく議論されず、直感的な改革らしい言葉だけを振りかざした勘違いが横行しています。景気の回復を御旗にして、相変わらず、我田引水的な事業者がごまんと存在しています。それをよいことにした為政者は、この場面に来ても真実から目をそむけ、私利私欲にまみれた利益の分配者として、より高い権力の座を目指しています。既得権益を守ることや、建前論が終始する場面ばかりなのには、大きな失望感を覚えます。

 こんな状況では、いずれこの国が破綻する。今一度、この国の目指すべき価値を再構築して、国民が生活の実感の得られる生き生きとした自治を構築し、それを基礎とする強い民主主義の構築が不可欠です。そのためには、整理すべき概念があります。都市と農山漁村の関係、国と地方の関係、大きいことと効率、小さいことと非効率、公共の福祉と税、個人と公共、戦争と平和、グローバル化と地域など、この国には先送りしている課題が山のようにあります。

 自治体の変化が避けられないことは、小規模自治体に住むものの多くが認識しています。人口減少と財政難、市民も行政も広域的活動を必要としていること、分権の受け皿として能力の高い自治体をつくることなど、社会の変化は明確です。この状況の中で、求められているのは、単なる削減と規模の拡大による効率化ではありません。いかに強い自治をつくり上げるかなのです。世界を見るまでもなく、日本各地のこれまでの自治体の取り組みを見ても、この手法は多様です。しかし、小規模町村には、充分な議論もされないままに合併の選択肢しか残されていません。こうした状況について、「これは理不尽だ」と、いくら霞ヶ関、永田町で、主張しても、結局なんの変化もありません。自分以上に自治制度を知っているものはいないという奢りに溢れたブラックボックスにこもったエリート官僚に、現場の実態を推し量る想像力が欠如した政治家たち。彼らにいくらこうした、市町村の現場からの危機感を主張しても、それはまるで、壁に向かって叫んでいるかのようです。一応、聞いてくれてはいるようなのですが、それに対して明確な反応のないことが多く、こうした活動は徒労ではないかとも思います。私たちは、とてつもなく高く、大きく、しかも深い山を動かそうとしているのかもしれません。しかし、いかに働きかけても微塵も動きません。多少動いたと思うことがあっても、それは風にそよぐ木の葉のざわめき程度のものです。

 私は、自分のことを風車に突進するドンキホーテのようなものだと思うことがありました。しかし、たとえドンキホーテであっても、何かを成すことはできると信じて行動をしていたのです。ところが今の状況は異常です。多くの課題解決を糊塗した見かけの改革の大合唱にかき消され、大きな山がびくとも動かないような絶望感に襲われています。

 プランBの議論が始まります。1年後に、どんなことになっているのか、全く想像もつきません。私の理念と正面からぶつかるだろう課題があることも容易に想像できます。しかし、唯我独尊的に自己の理念だけに陥らず、目的を見失わず柔軟に振舞いたいと念じています。

 大正時代の文豪有島武郎は、小作制農場の理不尽さに気が付いていました。大正11年、彼は北海道ニセコで、小作人たちに無償で土地を解放し、理想の農場経営に挑戦します。その有島が、こんなことを言っています。

 『青年は、たとえ半歩であっても、進歩のためには身を捧げなくてはならぬ』

 ニセコに縁のあるこの先達の教えを心に秘めながら、私は、たとえ今、絶望の淵に立っていたとしても、常に青年の心を持って歩みたいと思っています。

「三位一体改革に異議あり」
(文藝春秋社「日本の論点2004」 2003(平成15)年11月20日)

1 責任の伴う自己決定権の拡充

三位一体改革に対する究極の望みは、「自己裁量が発揮でき、かつ使途に自己責任の伴う財源割合を増やすこと」だ。これが自治体の責任感を生み、地域の自立を促す。

地方財政は「三割自治」と揶揄されるように、地方が持つ自前の財源割合(自主財源比率)が低く抑えられ、国の直接収入が多い。したがって自治体事業は財源の多くを国と借金に依存せざるを得ない。国は多く収入した分を、地方交付税や補助負担金として地方に移転する。この財源移転は、地方間の財政格差是正や事業の奨励誘導などの点では意味がある。しかし、依存財源比率が高いと、地方の考える力を削ぎ落としたり、公的仕事への地域独自性の反映を阻害したりと弊害は多い。


2 補助制度は原則廃止

補助制度は、自治体の財源確保が容易になるなど、かつては利点が多かった。しかし、補助要綱が詳細に決められ、地域の特性を生かした独自の事業は、全国画一の要綱に合致しないため財源調達が難しく断念するケースも多い。

一体型の二つの施設の、すぐ隣同士に別々の玄関が付いた奇妙な公共施設を目にすることがある。本当は、玄関は一つで良い。しかし、二つの玄関を建築しなければ要綱に合わず、全体の補助金がもらえない。財源確保のために、明らかな無駄を犯しているのだ。

普通の市民は、少しでも効率良くお金を使おうとする。しかし自治体では、事業全体の効率ではなく、自前の財源(一般財源)の少なさによって事業を判断する。仮に事業全体総額が安く効率的な事業であっても、一般財源の持ち出しが多ければ、その事業を見送ることがある。これは依存財源割合の高さがもたらす弊害であり、これではコスト削減の動機づけにはならない。

住民の皆さんから、必要度合いの低い事業を止めて、その財源を福祉や教育に回して欲しいとの話を聞く。しかし現在の縦割りの補助制度の中では、ある事業を中止しても、その財源が、国の省庁や事業の縦割りを超えて、他分野にまわることはあり得ない。補助制度に頼らざるを得ない現実の中では、地域の市民が当たり前の感覚で、地域の内の事業の優先順位を決めることは簡単ではないのだ。

地域の独自性を発揮し、効率良く財源を活用するためには、地域の創意工夫を阻害し、誤った金銭感覚を助長する補助制度は原則廃止すべきだ。地域が自主的判断で使途を決定し、その結果に自治体みずからの責任が伴う包括的な財源移転の方式が必要だ。これによって、国及び都道府県の補助制度をこと細かにチェックする職員が大幅に減る上に、財源移転の煩雑さが軽減され行政コストが大幅に削減される。

3 税源移譲と課税自主権

国と地方の歳入と歳出には乖離があるが、この差によって、国が地方に各種の制約を課し歳出の非効率さをもたらしている。そのため、この国と地方の歳入と歳出の乖離を、合理的なレベルにまで縮減する必要がある。この縮減、つまり税財源の移譲によって、国の不要な関与から地方を解き放つことで行政の効率化を図り、責任の伴う自治体経営を保障することが必須だ。

しかし、日本各地の経済活動のバラツキ度合いは相当に大きい。国税の所得税率を引き下げ、その引き下げ額に見合う分だけ地方税である住民税所得割率を引き上げると、国との地方の歳入歳出総額の乖離幅は狭まるが、地域間の歳入格差が拡大する可能性がある。仮に住民税所得割の税率を2倍にすると、ニセコ町では年間4千万円程度の増収になるが、地方交付税の減額幅は億単位になると見込まれる。税財源移譲は必須のことだが、地域格差を是正する工夫が必要だ。

地方が独自に課税できる課税自主権の拡大も重要だが、そのことだけで地方財政の課題が全て解決するわけではない。経済活動にバラツキがあるため、課税客体に乏しい地域も多く、課税自主権の強化だけでは、さほどの税収増は期待できない。課税自主権の拡大は、地域に限定的な、ある種独自性の強い課題を中心に活用されるべきであり、国全体に共通する課題まで、課税自主権の行使による歳入で賄うのは無理がある。

4 交付税制度は必須

日本の国土は、都市や地方、工業地帯や農山漁村など多様性がある。それら地域では、一定面積当たり、あるいは人口一人当たりの収益性に大きな差がある。こうした差がある中で、国民全体に一定程度の公的サービス水準を提供するための財源を全ての地域が自前で確保するのは不可能に近い。だから現在の地方交付税制度の果たしている役割は極めて大きい。しかし、ここ十数年あまりの安易な財政運営によって交付税特別会計は瀕死の状態になり早急な対策が必要だ。

補助負担金を廃止し、その財源を地方の裁量に委ねるという一般財源化が、近年頻繁に行われている。これは、本来は歓迎されるべきことだ。しかし、その実態は、交付税の基準財政需要額算定基礎数値への参入が中心であり、交付税総額が増えない今、廃止財源の実額が確保さているわけではない。この実態の伴わない一般財源化が、交付税制度の信頼を損なわせ、地方財政を大きく圧迫している。

過疎債、辺地債、地域総合整備事業債などは、将来の元利償還額の一定割合を地方交付税で措置される有利な借金と言われる。ニセコ町でも、こうした有利な借金を多用して地域の基盤整備を行い、町債残高の約52%が国から措置される予定になっている。しかし現在、交付税総額が縮減に向かい、保障していた元利償還額の実額が(制度上の当然のこととはいえ)措置されてはいない。こうした中で、合併特例債のように、今後もこの仕組みに過度の依存をすることは、大変危険なことだ。

そこで、交付税特別会計で将来に渡って保障を約束している起債元利償額の総額を明示し、将来の交付見通しを示すこと。さらに単年度ベースで、交付税として具体的に交付された実額と算定基礎数値の乖離も示すべきだ。あわせて40兆円をこえる交付税特別会計の借入金返済の具体的道筋を示すことも必須だ。そうしなければ地方財政の状況を示す起債制限比率など各種数値が意味の無いものとなるばかりか、交付税制度と起債元利償還額補填に過度の期待を抱いた自治体の財政運営をさらに危ういものへと導く可能性がある。

5 現実味のある当たり前の金銭感覚を

地方分権改革推進会議などをはじめとする議論には、市民生活への影響を最小限に抑制して、少しでも市民が納得のできる財政を実現しようとする姿勢が見えない。単に国から地方への歳出総額を減らすだけの、市民感覚から遊離した議論が多い。地方への支出の是非を大括りに総額で判断するのではなく、手間はかかるだろうが、いちいち個別の具体の事業ごとに是非を検討する必要がある。そのためには、自治体からの発信を真摯に受け止めるとともに、個別の市町村や都道府県の実態を、研究者やシンクタンクなどを総動員して検証し、その上で改革に向けた制度設計をすべきだ。

財政の効率化と縮減は必然だ。ニセコ町民の財政に対する感覚は、家庭の切り盛りに近い。「何かを節約すれば、別の財源に余裕が出る。ある面で浪費をすれば、別の何にかお金が使えない。使い道を自分たちが決めたら、その責任は自分たちにある。」これはどれも、金銭に関する当たり前の感覚だが、現在の財政制度は、そうはなっていない。霞ヶ関の官僚が自治体の首長に転進したとたんに、国に積極的に提言を始めたりすることがあるが、これはきっと当たり前の市民感覚に触れたためだと思う。

三位一体改革成功の鍵は、自治の現場の実態に裏打ちされた、市民にとって当たり前の金銭感覚を持つことにほかならない。

「自治の抜け落ちた国政論議は砂上の楼閣だ」
(週刊JIメールニュース 120 2003(平成15)年10月31日)

●釈然としない「マニフェスト選挙」
 10月10日、衆議院が解散された。各陣営、各地域では、11月9日の投票日に向け、選挙モードに突入している。今回の総選挙は、「マニフェスト」がキーワードだという。マニフェストの定義は難しいが、これまでの公約との違いは、個別政策ごとに実施の期限を明示していることと、それを実現するための財源に言及していることだという。マニフェストによって政策の競い合いによる選挙戦が実現するし、当選後の公約達成率を明確にすることができるなど、その効果は大きい。マニュフェストの登場は、日本の選挙に大きな変化をもたらしつつあるのは事実だ。にもかかわらず、私の気持ちは釈然としない。

●市町村合併:国政での議論が不十分
 現在、全国の市町村の約半数が、市町村合併に関する法定協議会を立ち上げ、自治の枠組み、将来の自治のあり方を巡って、さまざまな議論を進めている。しかしこの議論は、充分に検討されたうえで開始されたものではない。「規模が大きければ自治体としての能力が高いという直感」と「見かけ上の財政の効率論」を前提にして、中央政府と官僚のなかば強制的な誘導によって進んでいる。そこには、自治の現場の息づかいは、まったく聞こえない。もちろん財政難や少子化などの中で、日本の自治体の変化は必須だ。しかし、その変化の選択肢は、広域的行政手法の推進や単独自治体での生き残り策など、合併推進だけではなく本来は多様なはずだ。ところがこうした選択肢を、国政の場で充分に議論した形跡は見当たらず、規模の拡大と見かけ上の財政の効率化が、すべての議論の暗黙の前提となって、国の基礎的なかたちづくりが進んでいる。

●マニフェストの「内容」の議論は?
 私は、マニフェスト選挙は悪くないと思う。しかし、その内容が空疎なものであるならば、なんの意味も持たないものになってしまう。そもそもこの国のあり方はどんなものであるのかの充分な議論もないままに、具体論だけが進んでいる。マニュフェストは、あくまでも器であり、政策の本質ではない。よい器を手にしただけで、そこによい食べ物が盛られるとは限らない。マニフェストという器に惑わされてはいけない。一見、見栄えの良い食べ物が盛られているように見えるが、その安全性や体に与える影響を十分に検証しなければならいないし、不足しているものを検証することも必要だ。特に自治のあり方に対する言及が少なすぎる。国のかたちを論ずるうえで自治の問題は避けて通ることができない。なぜなら自治は民主主義を支える基礎となるものであり、自治のあり方には、国のかたちを帰納的に規定する側面がある。しかも、生き生きとした自治の実現が国力を高める柱の一つになることは、歴史や諸外国の例が証明している。自治をないがしろにした国が栄えた例は皆無だ。

● 「自治」の抜け落ちた国政選挙
 衆議院選挙は国政選挙である。したがって自治の課題は取り扱いの枠外だとの考え方があるとするなら、それは大間違いだ。仮に自治の問題であったとしても、国全体の大きな制度や枠組みを論ずるのは国政の場にほかならない。しかし、必ずしもそれが多くの方には理解されず、ともすれば自治が国政の盲腸的扱いを受けそうになる場面があり、それが私の釈然としない気持の根源だ。

●「自治」を国政の主要課題に!
 マニュフェスト議論の中に、財政の三位一体改革や地方分権の推進があるが、自治の現場にいる首長として、その内容、議論は、現場の実態とは縁遠い空疎なものにしか見えない。それは、国政に携わる皆さんが、自治の課題を国政の主要課題と捉えていないからかもしれない。自治を語ることは、国の大きな方向を語ることに直結していること、それを知らずしてこの国のかたちを議論することはできない。国民の息づかいの聞こえる自治の課題を真摯に受け止め、自治を国政の主要課題とすることが重要だ。それが抜け落ちた国政論争では、国のありかたを明示できず、砂上の楼閣を築いているに等しいものとなる。

「ラジオ」
(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年10月)

私は、ラジオが好きです。聴くのも、出演するのも、気に入っています。小学生の頃から、ラジオ深夜放送にはまり、ラジオとの付き合いはもう三十年を超えることになります。

この秋から、札幌市内のコミュニティFM局で、週に一度、一時間枠で番組を担当させていただくことになりました。ニセコ地区の宣伝にもなりますし、好きな音楽を自由にかけて良いとの条件もあったため、二つ返事で引き受けました。

番組が始まって一ヶ月近くが経過し、日常の仕事と違ったアクセントが私の生活の中に生まれています。

テレビは発言時間が少ない場合が多いことがある上に、画像がともなうため、自分の意図しないイメージになることがあります。その反面、ラジオはある程度自分の力でのコントロールがきき、充分に意志を伝えることができそうです。そんな点でもラジオが好きです。

しかし生放送で流れている番組の雰囲気は、私の思い通りになっているか、判断しかねる部分もあります。選曲は、まったく私の自由に行っていますので問題はないのですが、喋りのスタイルが決まりません。あまり砕け過ぎても、硬すぎても今一つと感じます。その両面をあわせ持った中庸の雰囲気を醸し出したいのですが、簡単ではなさそうです。スタイルが決まるのは、いつになるでしょうか。

「当たり前に」
(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年9月)

ニセコ町にある、作家「有島武郎」の記念館のそばをカシュンベツ川が流れています。このほとりの小高い丘に「ニセコ生活の家」があります。共同作業所を中心に、障害を持つ子どもたちとその家族数世帯が、そこで暮らしています。

9月のある日、ここでクラッシックコンサートが開かれました。チェロ奏者の小原圭さんが仲間の演奏家と手弁当で来るようになって、もう5年になります。

 会場は、作業所玄関脇のホール、普通の家の茶の間ほどの広さです。近所の人たちや、町外で生活の家の活動を支える人たちが、三々五々、集まってきます。そこには、どこかの国の総理が楽しむクラッシックやオペラのような格調の高さはありません。演奏家の善意を、自分たちが用意できる範囲の中で、当たり前に実現しているだけです。

 玄関から真っ直ぐ上に伸びた階段、そして廊下やホールの隅が客席です。子どもが走り、泣き声や手拍子も聞こえます。まるで自分の家にいるような雰囲気です。障害を持った、そこの若者たちは、質の高い演奏に、何の偏見も気取り持たずに当たり前に接し、一番楽しんでいるようです。

 我々は多くの場面で、無用な形式にこだわり本質を見失うものですが、生活の家の姿を見ていると、ものごとに当たり前に接することの重要さを教えられます。

「子どもの旅」
(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年8月27日)

小学2年の夏休み、私は初めて一人で長い旅をしました。ニセコの隣の比羅夫駅から汽車で、札幌のさらに遠くの町まで行きます。両親から「知らない人に声をかけられても付いて行かないように」とか「鞄は離さず持っているように」と注意されます。四時間以上にもおよぶ車中で、私は手のひらに汗をにじませて、車窓に流れる風景だけを眺めていました。

 この夏、東京から北海道への飛行機内で、子ども数名のグループと隣合わせました。北海道で体験学習でもするのでしょうか。小学校低学年の子どもたちは、大はしゃぎ、機内は騒然としています。離陸の瞬間には、歓声も上がります。私の初めての一人旅に比べると子どもが随分と伸び伸びし、時代が変わったものだと微笑ましく感じます。

 しかし、よく見ると彼らの眼中には、隣に座る私や周囲にたくさんいる大人たちの存在がないことに気が付きます。窓側から通路に席を立つとき、彼らは「失礼します」と声を出しますが、私を見てはいません。それはまるで、挨拶を学習したロボットが形式的に合図を発しただけのようです。

 子どもたちが、縮こまらずに個性を発揮することは重要です。しかし、社会性を持たない個性は、何か違っている・・・、そんな印象を強くした子どもの旅との遭遇でした。

「畳の世界」
(読売新聞北海道版コラム「しまふくろう」2003(平成15)年7月30日)

「今日は外へ遊びに行っちゃだめ」

家人の腹の虫の居所が悪かったのか、そんな言葉を聞いた日は憂鬱です。特に外から友だちの声が聞こえたりすると、ふくれっ面になり家にいるのは退屈そのものです。

当座、手持ち無沙汰で床に寝転がってみたりします。ほどなくすると、ふて腐れることにも飽き、畳のふちを線路に見立てて、ソロバンを押したりします。外遊びとは比べようもないつまらなさですが、「ガタン、ゴトン」と車輪の音を唄のように口ずさみながら、飾りのある畳縁(たたみべり)は複線です。畳の角はポイントで、列車の行き先が分かれます。ソロバンだけじゃ列車が足りず、茶筒や物差し、手近にあるものは何でも列車に変身です。

畳に顔をこすりつけるようにして、たくさんの列車(それは単に、茶の間にあるものが転がっているだけなのですが・・・、)を眺めると、その向こうには山や海が見えます。畑も町も、もちろん駅だって見えてきます。敷居はさしずめ操車場かターミナル駅です。

畳の上には無限の世界が広がります。外に遊びに行けなかったことも忘れ、そんな時、私はちょっと興奮し、自慢気だったりします。

四十年近くも昔、制約があり、ものが少なかったからこそ実現した、想像力に支えられた畳の世界です。

「微量成分の恐怖」
(日本加除法令出版「住民行政の窓」2003(平成15)年8月号)

「鉄腕アトム」、それは、我々世代にとって輝かしい未来の象徴だった。日本人なら誰でもが知っているテーマ音楽とともに、鉄腕アトムの存在は、ワクワクとした将来を予感させるものだった。

遠い未来のことだと思っていた鉄腕アトムの生誕日(2003年4月7日東京・高田馬場生まれ)も過ぎ、私は今、子供のころに憧れた21世紀の社会に生きている。しかし現実は、世界中で争いが絶えず、貧困も存在している。20世紀は、都市化の時代であり、小さなことより大きいことが、そしてグローバル化が価値であった。単位面積あたりの経済効率の悪そうな農山漁村から都市に人々の活動拠点が移る。こうした流れは進歩、発展と呼ばれるものであると思い込み、それが当然の趨勢だった。その先に、鉄腕アトムが活躍しているような未来都市があるのだと思っていた。ところが現実はそうではない。少子化、経済の失速、財政難、グローバル化の弊害など、深刻な課題はあまた存在する。その中でも、「多種多様な微量成分がもたらす、解きほぐすことの難しい問題」に私は恐怖感を抱いている。

アトピーという言葉は、私が子供のころには聞かなかったものだが、最近は広く認知されている。アトピーの原因は、食生活、生活習慣、空気や水の汚染などの環境問題など様々だ。しかし、あまりにも多様かつ微量な因子の関与があるため、患者ごとに真の原因を突き止めるのは簡単ではない。

水俣病、イタイイタイ病、あるいは田子の浦のヘドロ汚染など、日本にはたくさんの公害の歴史がある。かつての公害は、発生原因と悪影響との因果関係がハッキリしているものが多い。水俣病は水銀を含んだ工場廃水が、イタイイタイ病は鉱山活動にともなうカドミウム汚染が、田子の浦のヘドロは製紙工場廃水が、それぞれの原因物質だ。それらを止めることで、公害を排除することができた。しかし、最近の環境問題は、悪影響とその原因が、一対一で明確に対応しているものばかりではない。地球温暖化は、化石燃料の消費と地球上の森林面積の減少による二酸化炭素量の増大が主な原因だが、この増大をもたらす人類の活動は、複雑に入り組んでいる。何をどうすれば二酸化炭素発生量を抑制できるのか、その具体的行動指針を導きだすのは簡単ではない。

最近の心の病も同様だ。他人から見れば、取るに足らない小さなきっかけの積み重ねが引き金になって、心を病むケースが多い。これは、食物や空気などの小さなことの積み重ねでアトピーが発症するのと似ており、真の原因を突き止めるのが難しい。

克服されつつあると思われていた結核の再燃、新型肺炎(SARS)などの感染症は、まさに微量なものに脅かされる典型だ。現在のコンピューターネットワークも、常に不正アクセスやウィルスとの戦いが日常のものとなった。

原因の特定しにくいアトピーや心の病、簡単に解決できない環境問題、感染症の再燃、ネット上のウィルス問題など、これらが出現する背景には、現在、社会のあらゆる諸活動が、高度複雑に入り組んでしまったことと、それにともなう匿名性の高まりがある。人やモノ、情報が、世界を飛び回るとともに、社会活動が専門細分化されてきた。この傾向は経済を活性化させ、人類に幸せをもたらすものだと思われた。それを押し進めようとすればするほど、社会は複雑化する。その結果、個人のレベルでは実態の分からないものをたくさん受け入れざるを得ない状況が生まれた。季節感を失った農産物や世界中の食品の流通は、いまや当たり前のこととなった。高度に進化した生産と流通の仕組みによって、我々は、一年中、多様な食料が入手できる。しかし、この利便性は、食料の安全性に対する安心感や、生産、製造過程の透明性の高さと引き換えに実現しているものだ。ここに多種多様の微量因子が入り込む隙間ができる。その結果、解きほぐすことのできない悪影響が頻発している。

この多種多様な微量成分の恐怖を回避するためには、社会システムの単純化と透明性の確保が必要だ。人々がお互いの息づかいの聞こえる範囲で暮らすこと。どんな過程を経て、誰が生産した農畜産物なのかが分かることなど、単純で全体が見えることが必要だが、これを実現するのは簡単なことではない。とは言え、匿名性の高い、数多くの人が暮らす都市は、微量成分の恐怖にさらされる機会が多いのは明白だ。21世紀の微量成分の恐怖から逃れる鍵は、20世紀に優位を誇った都市ではなく、農山漁村などの地方が握っている。

「魅力的な観光地の形成には独自の物語づくりが必須条件」
(「週刊東洋経済」 2003(平成15)年7月19日第5837号)

 観光産業は魅力的だ。名所、旧跡や特異な自然がなくとも、何か一つ売りになるものがあれば、工夫次第で儲けにつなぐことができそうだ。そのためか、地域経済の活性化の柱に観光を据える自治体が多い。しかし、直接的な儲けにこだわるあまり、日本の観光地には派手さはあっても、世界のレベルから見ると陳腐だと評されることがある。

 ニセコ山系は年間入込み客が三五〇万人ほどの山岳高原観光地だ。魅力の中心は良質な雪と山を生かしたスキー、雄大な自然の中で展開されるアウトドア活動、そして温泉など。しかし、これらニセコの魅力は、それらが独立して存在しているわけではなく、地元に古くから根づいている農業景観や食材を抜きにしては語ることができない。当然、交通機関や商業、人、まちづくりの雰囲気など、ありとあらゆる地域の要素が有機的に結びついてニセコの魅力を形成している。ニセコと言えばスキーとの固定観念が強い。しかし、その主食たるスキーを取り巻く、これら副食が重要だ。

 近年、ニセコでもこの副食の存在に、やっと気が付きはじめたところだが、観光とは地域の多様な要素の連携や相互作用による総合産業と位置づけることができる。魅力的な施設をつくり、たくさんの人を呼び込むことで、直接的な収益が生まれることは重要だ。しかし、それだけでは、繰り返し訪れても手垢のつかない地域本来の魅力を発揮することはできないし、観光産業の多面性が持つ本当の恩恵に浴しているとは言い難い。

 「風がふけば桶屋が儲かる」という言葉がある。大風が吹くと砂ぼこりが立ち、その砂が目に入って盲人が増える。盲人は三味線をひくので三味線に張る猫の皮の需要が増加し、猫が減る。猫が減るとねずみが増えて桶をかじり、桶屋は商売が繁盛して喜ぶ、ということから意外な所に影響が及ぶことのたとえだが、観光産業では、こうした即効的ではないが間接的な相互作用を考えることが重要だ。

 テレビ時代劇「水戸黄門」の諸国漫遊からは、新しい土地を訪れる楽しさが伝わってくる。もちろん近年の観光にもあのゆったり感がないわけではないが、「簡便で刹那な楽しみを求める観光客」と「直接的で素早い収益効果を期待する観光事業者」との安易な一致による観光地づくりが多い。この妥協ともいえる安易な一致が、質を劣化させ、魅力のない観光地づくりに拍車をかけている。

 日本が元気になるために、海外観光客の増加を望む声がある。日本の観光客の満足度合いをさらに高めるためにも、日本の観光地には「国際的に通用する標準的な質」を備えることが必要だ。しかし、観光客と事業者の妥協から抜け出さない限り、質の向上はありえない。そのためには、一見無関係と思われる、地域のあらゆる要素を素材にした、地域独自の物語づくりが必須要件となっている。

「地方自治の現場に決定権を」
(「週刊東洋経済」 2003(平成15)年6月21日第5831号)

平成12年4月、地方分権一括法が施行され地方分権の具体的な推進が期待されたが、自治の現場にいる首長の皮膚感覚ではその雰囲気は感じられない。そればかりか、日本財政の壊滅的な状態を目の当たりにした、地方財政の縮減だけが目的の感情的な数字の辻褄合わせの議論も多く、地方分権は迷走し始めている。自治の観点から見ると、財政を縮小させつつ自治体の責任ある自立をいかに促すかが、日本再生の鍵になっている。

事業内容を細かく規定している補助制度には、地域の実情に沿って自ら知恵を絞って考えることを阻害する欠点がある。国などが想定する標準的な事業枠をはみ出して地域の実態に合った独自の事業を提案すると、関係機関との調整が煩雑になる。これは、実際に体験してみると筆舌に尽くしがたいものだ。つまり、独自の工夫を重ねるほど財源調達が難しくなるというジレンマに陥る。

 また、単年度予算を原則とする財政制度の中では、住民参加などで充分に議論し多角的に事業を検討すれば、補助の採択時期を逃すことにもなりかねない。だから地域の特性を度外視し、自ら考えることを放棄して標準的なことだけを行なうほうが、事業がうまく進むことになる。しかし、こんなことを繰り返していたのでは、最小のコストで最大の効果をあげるという工夫もありえないし、分権議論の中で最も重視される住民や自治体の責任感が生まれるはずもない。

 5月中旬、東京の有明で、全国首長連携交流会議が開催された。全国から一〇〇名近い市町村長が参加し、二泊三日で早朝から夜遅くまで自治の諸課題を議論した。そこで採択された、東京有明宣言には「真実は現場にある」という実態を背景に、次の文言が盛り込まれている。

 「国は、現場を持つ市町村を信頼し決定権を委ねるべきである。われわれ市町村は、限られた財源で最大限の効果を図る努力をする決意である。現在の財政状況においては、地方交付税の圧縮や補助金の削減が必要であることは否定できない。しかし、日本再生の最大の鍵は、より優先して税源移譲を実現させ、財源上も市町村に現場の責任を持たせる事である」。さらに、「補助金や交付金の廃止、合理化は、国、都道府県及び市町村の事務事業や職員の削減につながる。それにより、国も自治体も経費圧縮が可能」との指摘もある。

 この宣言は、単なる要望や提言ではない。日本の難局を理解した首長たちが本来発言し難いこと、つまり補助金の削減や補助制度の見直しなどを、覚悟をもって発言していることに特徴がある。

 分権と財源の縮小を両立させる鍵は明確だ。たとえ総額が減っても良いから、自主裁量権が発揮でき、その上で責任の伴う財源を確保することである。こうした全国の心ある首長の覚悟に、総理は応えてほしいものだ。

「湯布院ショック」
(「ゆふいん観光新聞」 2003(平成15)年1月1日号 31)

映画館のない町で映画祭を始めたところ、外との交流で地域に活気が出てきた。牛肉を食べ大声を出す、牛喰い絶叫大会なるお祭りもある。周遊券を手にリュックサックを背負って、そんな発信をしている湯布院を訪問した。町のなかをブラブラと歩き回る。北海道と違う佇まいに気は取られるものの、映画祭や絶叫大会から受けるほどの深い印象はない。歩き疲れた私は、再び列車に乗って湯布院を後にした。ちょっと肌寒い春風の向こうにそびえる由布岳、それだけが心に残っていた。

 あれから二十数年、今や湯布院は、押しも押されぬもせぬ日本の温泉観光地のトップに輝いている。高い評価、その秘密の一端に触れるため湯布院を再訪した。せっかく訪問したのに、宿泊もできなかった貧乏学生が見た街とは、明らかに違っている。

 その名を馳せている数々の宿はもちろん素晴らしい。地場産業と観光消費を結びつける取り組みも地に足が付いている。大型開発の誘惑を振り切って、地域の特性を活かしきる地域づくりは、ちょっと真似ができない。しかし、これが湯布院の魅力の源泉ではない。

 今回の訪問は、全て観光総合事務所のYさんがアレンジしてくれた。福岡への迎えから大分空港までの送りまでYさんの手を煩わせたが、その人柄は天下一品だ。なぜあんな優しい柔らかな人が、この世にいるのだろう。湯布院到着後、夢想園で昼食。溝口薫平さんが、悪戯っぽい目付きをして「誰か分かる」と私に携帯電話を差し出す。耳に当てると美しい女性の声…、なんと私も良く知る霞ヶ関のGさんだ。私の話の端にちょっとだけ登場した彼女に、溝口さんはすかさず電話したのだ。霞ヶ関のかたとのこの親密さはなんだ。夜、地元の皆さんとの交流会。私一人のために大勢の方が参加し感激。異口同音に湯布院の魅力を語り、私から貪欲に何かを引き出そうとする。若者を如何に育てるか、そのことに多くの先達が心を砕いていることが分かる。

 24時間に満たない瞬間風速のような滞在だったが、湯布院の魅力の真髄は人。人の出会いの交差点、それが湯布院だ。次回訪問するときは、私も湯布院のために何ができるのかアイディアを持って行かなければならないと、そんな風に思わせてしまう魔力がある。人づくりを基本とする湯布院の懐の深さを知り、私の心はガツンと一撃「湯布院ショック」を受けてしまった。

「これだけはいいたい!」
((ぎょうせい「ガバナンス」 2003(平成15)年1月第21号)

合併後の旧自治体を独立した自治組織とする連合的なしくみを設計できないか

●行政体制の変化は必然だが二つの理念に欠ける合併推進
2000年、地方分権一括法が施行されたが、経済合理性や市場原理一辺倒の国方針によって、地方分権は蝉の抜け殻状態になった。このことに表現のしようがない無念さを感ずるが、経済の混迷による財政難や少子化による社会構造の変化などを背景に自治体の変化が必然のものであることに変わりはない。国では、この自治体変化の方向として、なりふり構わぬ優遇措置と自治権の制限をちらつかせた市町村合併を選択した。合併すると自治体経営に効率性が生まれ、住民生活に大きく貢献すると言う。しかし日本の各地域は、気候風土、産業構造や人口の密集度合いなどが違い多種多様だ。一律の規模を基本とする合併が地域の実態に全くそぐわないところも存在する。

分権の受け皿になるためには、基礎的自治体がある一定の規模を持つことが必要だとの論調が多い。規模の拡大を前提とする、経済と財政の合理性だけでは、人口の集中が進み、この合

理性から外れた地域では衰退が懸念される。特に農山漁村では、その産業の性質上、単位面積当りの経済収益が低く、人口が希薄にならざるを得ない。全国一律の規模の尺度を当てるだけでは、日本の農林漁業を守れないし、水や空気、エネルギーの供給も難しくなる。

私は、行政体制の変化は必然だと認識している。しかし現在の市町村合併の推進には二つの理念が欠けている。財政難、少子高齢化や市民活動範囲の広がりなどの課題を乗り越えながら、生き生きとした住民生活を実現するための自治のあり方について十分な考察がない。合併を推進する前に、合併という手法が適切なものであるか十分な議論をせずに「規模を拡大することで合理性が高まる」という極めて安易な直感による合併が進められている。どんな理念のもとに合併という手法だけを選択するに至ったのか、またその合併によってできあがる国の姿とはどんなものか、この二つが欠如している。

●自治体現場では賭博性の高い判断を迫られている
競走馬は、厩舎での十分な準備を経てパドックでお披露目される。その後、気持ちを集中しながらスタートに向かいゲートインする。ファンファーレが鳴って出走し、ゴールをめざす。現在の行政体制改革には、このゲートインまでの事前行為が全く無い。厩舎に馬を飼育する飼料がなくなったから、大至急、別の大きな厩舎に移れという。飼料が底を尽きかけており、何らかの手を打つ必要は理解できる。しかし、移るべき厩舎はどんなものが良いかの議論が全く無い。新しい厩舎は大きいだけであり、競走馬にとって本当に良い暮らしが実現するのかは分かっていない。競走馬は、十分な準備もゲートインないままに、ニンジンと鞭によって半ば強制的に馬場におびき出されている。ある一定時間内に、目指すべきゴールを自主選択せよという。現在、このレースの真最中だが、飛び込むゴールの種類によって、ゴール後の競走馬の扱いに差をつけるという議論が、一気に噴出した。今、競走馬は馬場の中で走りつつ、右往左往している。合併問題を競走馬にたとえるのは適切ではないかもしれない。しかし、地域住民の幸福を守る責任を背負った小規模自治体の首長の心理は、この競走馬に近い。しかもこのレースは、そのルールに不確定要素が多く、目指すべきゴールの競技中の変更もありそうだ。全国の自治体では、合併が本来目指すべき合理性とはかけ離れた、極めて賭博性の高い判断を迫られている。

●合併後の地域の自治を守る制度設計が必要だ
小規模自治体の首長として理不尽な気持ちを払拭できないが、ゴール後の自治体の扱い方と地域住民の幸せを天秤にかけると、より高い住民の幸福を実現するために、合併を選択するという判断もある。しかし、役所機能を集約化して本所と支所に分け、行政面積を拡大するだけの合併では、中心地区以外の衰退が大きく懸念される。そこで仮に合併を選択する場合であっても、合併による地域への変化を最小限に抑え、かつ、生き生きとした地域の自治を守るための工夫が必須だ。

その工夫の一例として、法令上の自治体としては一つだが、運用上は旧自治体を独立した自治組織とみなす連合的なものがイメージできないか。役所を、本所、支所と2分せず、広域的に処理すべき国民健康保険事務や総務系の仕事を除き、その地域に密着した地域振興にかかる機能を旧自治体の役所に残す。その役所は「**地域振興局」などの名称にして、局長を置く。局長は副首長的な特別職の地位を与え権限を強化する。特別職の構成は、首長1名、局長(副首長)数名、収入役1名、教育長1とする。(広域的仕事を本所的な役所で行なうか、あるいは別の方式にするかは、さらに一考を要す。)

議会は、連合議会(法令上の議会)と旧自治体のボランティア色の強い議会の2種とする。連合議会の議員は、全町一区で選出するのではなく、旧地域に配慮した次の方式などを検討する。(案1)全町区と地域選挙区を設け、住民は2票行使する方式。(案2)旧地域を小選挙区として選出する方式。定数は完全人口比例にせず、区域割りと人口割りなどによって、人口の少ない地域に配慮する。(案3)全町一区とするが、一人の有権者が議員定員数と同じ人数に投票できる方式。(旧地域のボランティア色の強い議会と、連合議会との関係はさらに検討が必要。)

合併を選択した場合でも、地域の自治を守るために、以上を例とするような制度設計を十分に検討する必要がある。もちろん、そもそも市町村合併という選択肢だけで良いのかを検討しなければならないのは言うまでもない。

●基礎的自治体のあり方を短期集中的に議論すべき
そこで私は、合併推進一辺倒の姿勢を一時中断して、現在の合併論に欠けている二つの理念を、短期集中的に議論することを提案したい。その具体的な手順の一例は、次のとおりだ。(1)将来の基礎的な自治体の権限と財源の案を国が提示する。(2)それにそって全国の全ての市町村から、それぞれの地域の実情や身の丈に合った基礎自治体のあり方を提出する。(この場合、国が提示した権限と財源の案に完全に合致する必要はなく、地域独自の提案があってよい。)(3)この(2)をもとにして、国の最終的な基礎的自治体のあり方を決定する。(このあり方は、いくつかの選択肢があって当然だ。)(4)その後、期限を区切って、決定された選択肢にそって全国の市町村が自主的に地域のあり方を判断し、その体制に移行する。

市町村の体制のあり方は、日本の国全体のあり方を規定する極めて重要な問題である。現下の日本の情勢を考えると、急いで新しい体制に移行すべきとの声も聞く。しかし、日本の根幹を規定する課題について、将来に禍根を残すような拙速さや民意を無視した強制があってはならない。日本の行政体制のあり方を考え、変化させるためのスケジュールを早急に再構築する必要がある。

「「地方からの反乱」で構造改革の本質に迫る」
(「週刊東洋経済」 2003(平成15)年1月4日第5799号)

 政府の道路関係4公団民営化推進委員会は、委員長辞任という異例な事態の中で、高速道路の建設に歯止めをかける意見書を提出した。この委員会には日本の課題の一端が内在しており、それは2003年の日本の行方を暗示している。

 高速道路の採算性、つまり「赤字は悪だ」というきわめて真っ当で、誰にも理解されやすい根拠に基づく意見を委員会は提出した。昭和末期の国鉄改革では、その受け皿組織の経営だけに目が向けられ、組織の分割民営化、地方不採算路線の廃止が進められた。国鉄の患部を大胆に切除治療して、残された健康な部分を維持するためには不可避なことであった。しかし、それは公共交通機関がどんな役割を果たすべきかという、本来目指すべきあり方を議論したうえで導き出された結論ではない。

 私は、高速道路もかつての国鉄と同じ轍を踏むのではないかと心配している。国が躍起になって推進している市町村合併も同様だ。地域の自治がどうあるべきかという本質論をせずに、形式的な効率性のみが一人歩きしている。地方の人口一人当りの行政コストが都市部より高いことが批判される。しかし、官民含めた社会基盤から受けるサービスは、都市のほうが地方よりその量も機会もケタ外れに多い。つまり大事なのは公的組織の経営効率だけではない。どんな社会を目指して改革を進めるのか、その理念のない改革は、一面的には正論に見えても、社会全体に対してバランスを欠くものとなる。

 この一見正論に裏打ちされた「改革」が進められるなら、日本社会はいびつになり、地方からこの改革に対する反旗ののろしが上がるだろう。謀反の範囲は公共投資、市町村合併、国と地方の税財源問題、義務教育のあり方など多岐に渡る。多くの地方が地域や国のあり方を憂えて蜂起する年、それが2003年だ。

 公的機関主催の諮問会議は、事務局の意志どおりに動く「御用」と称される委員による形式的議論が多いと批判を受ける。しかし、今回の委員会のドタバタとも見える審議には、シナリオのない、委員同士の意見の裸のぶつかり合いがあり、それを多くの国民に印象付けた。この結果、今後の審議会や諮問会議では、アリバイ作り的な会議や議論をオブラートに包む分かりがたいものは、構成委員はもとより国民からも、時間の無駄と指摘され、支持は得られなくなるだろう。あの委員会は、真の議論のきっかけを作ったともいえる。

 2003年は、地方の反乱をきっかけに、改革の本質論が本音ベースで急沸騰する年になる。それがなければ、この国の将来はありえない。

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